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TBSドラマ『この世界の片隅に』の私的な感想―傘問答にみる日本人の情緒―

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この世界の片隅に/2018(TBS)
原作:こうの 史代/脚本:岡田 惠和
主演:松本 穂香/松坂 桃李、二階堂 ふみ、村上 虹郎、伊藤 沙莉、仙道 敦子、尾野 真千子、宮本 信子

 連続ドラマとして描く戦争ドラマ 

久しぶりに日本の連ドラを見始めました。

元のアニメ映画やドラマも一切見たことはないんですが、周りの映画関係者の評判が頗る良いのでちょっと手を出してみようかと。。

 

視聴してみると、なるほど納得。


主人公を演じる松本穂香に妙な親近感が湧いてくるのとともに、直ぐに感情の説明をしてしまいがちな近年の日本のドラマとは違って、分かり難さすごくいい! 


とは言え時代の風化と共に戦争映画が興行成績に全く結びつかない中で、視聴率の低下が囁かれて久しい民放のゴールデンタイムの連ドラ枠で敢えてこの手の朝ドラテイストの作品をやるのは相当な勇気と覚悟が必要だったはず。。 

なので今回はその製作者たちへの期待とエールも込めて、このドラマに詰まった魅力を日本のドラマ嫌いの自分がちょっと分析してみます。

 

 

 

―――昭和19年、原爆投下から遡る事1年前の広島県呉市。
おっとりとした性格の主人公・浦野すずは、子供の頃から絵をかく事が大好きなちょっと独創的だがどこにでもいる普通の少女。
実家の海苔作りを手伝いながらそんな普段の日常生活を送っていた彼女は、ある日、軍法会議録事の仕事をしている青年・北條周作から突然の結婚の申し出を受ける。
周作の顔に心当たりがないすずは、動揺しながらも周りのススメでふたりは結納を交わし、心機一転共に生活をしていく事になるが・・

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 ①親近感が湧く巧みな演出

戦後70年以上が経ちもう殆ど戦争経験者がいない現代では、戦争の悲劇自体がどこか遠い海の向こうの話。。

実体験のない自分たちにはその怖さや悲惨さが、いまいち明確に伝わってきません。

 

そんな中アニメ原作と言えどちょっと重いテーマのはずのこのドラマは、それまでの定石だった戦争の実写映像を全く入れずに人間ドラマを中心に描かれています。

 

24年ぶりに音楽を担当した映画音楽家久石譲への忖度か、少々劇中のサントラがうるさい気はしてしまいますが、それでも俳優たちの演技は極めてナチュラル

演出も意図的に自然体を意識している様で、おっとりとしたすずが口遊む唄や秀作が姉や同僚たちとテンポ良く会話する様は、現代人のそれとさほど大差はありません。

それでも、、

時代の背景で相手の分からない嫁ぎ先に向かうすずの戸惑いや、遊郭で働くりんの侘しさ等はしっかり描き、その対比が視聴者に与える効果は絶妙。

素朴でつっけんどうな秀作の態度や健気であけっぴろげなすずの描写にも、どこか現代人とリンクする日本人の気質に沿ったキャラクター設定が施されていて、やがて訪れる運命の日まで実直に生きぬこうと二人の様子は深く哀愁を誘います。
 

 ②方言を使いこなす俳優たちの意気込み

NHKの大河ドラマを除き、近年の日本のドラマでここまで方言での台詞を徹底している作品は初めて観たような気がします。

出演者はすずの父親を演じるドロンズ石本以外全員県外の出身者のようですが、通常3ヵ月間のクールで短期間での撮影を済ませる必要のあるテレビドラマで方言を完全に体得するのは大分俳優陣に負担のかかる作業です。

それでも全編を通じてキャストが違和感なく流暢な広島弁で台詞を喋る様子を見ていると、このドラマにかける彼らの意気込みがひしひしと伝わってきます。
 

 ③「呉」を中心に全国をまたがるロケーション撮影

手前味噌ですが。。

近年の日本のドラマ製作費は軒並み下降を辿る一方。。
俳優陣のスケジュール調整も含め、大規模な地方でのオープン撮影はどうしても経費の都合上、敬遠される傾向にあります。
そんな中、このドラマは原作で描かれた呉の街を中心に、北条家のスタジオセット以外、その大部分が地方での撮影を敢行。

戦争映画では欠かせない広島県江田島市にある旧海軍兵学校や、雄大な瀬戸内海を望める南区の元宇品海岸、戦時中の砲台が残る灰ヶ峰等をはじめ、遊郭の撮影は『ALWAYS 三丁目の夕日'64』でも有名になった岡山県の西大寺・五福通り、他にも栃木県の旧栃木町役場庁舎や群馬県の旧上岡小学校、横須賀市の三笠公園や小金井市の江戸東京たてもの園等でも撮影が行われている様で、正に全国をまたにかけた中々に骨の折れる作業。

俳優陣の熱演に答えたスタッフの気概がはっきりと感じられます。

 ④松本穂香の抜擢と等身大の演技

TBSの目玉ドラマとしては異例の新人キャストの抜擢に業界内では大分喧々囂々とした噂が後を絶ちませんが。。

結果的に、この殆ど色のついていない無名のキャストが主演を演じた事により、原作重視主義の視聴者からの先入観を上手く回避した上で、自然にすずのキャラクターが胸にストンとおちてきます。

広末涼子を筆頭に山口紗弥加、有村架純(私的に推していたのは福田真由子!)等、ピュアでナチュラルな女優陣が揃う所属プロダクション「フラーム」のニッチで透明感のある系譜を末端でしっかり引き継いだ松本穂香の魅力は、儚げで健気な主人公のイメージにぴったり。

想像力が豊かで相手を思いやるすずの言動は、彼女の本来の性格にもだいぶ近い気がしてきます。

 

 ⑤曖昧な表現と情緒的な台詞

私的に一番胸にくるのはやっぱりここです。

元々欧米気質なはっきりとした表現を好まない自分たち日本人にとっては、この情緒的な表現方法が時代を伝える戦争ドラマとしては一番しっくりくる気がします。

1話に出てきた祖母・イトが嫁ぐすずに初夜の作法を教える「床入り問答」等はその典型的な例で、そこから派生した広島県北部で実際に行われていた「傘問答」をするすずたちの様子は何とも印象的。

更にその意味を知りながらもすずの緊張をほぐす為、あえて本当の傘で柿の実をとり二人で頬張る周作たちの描写には、言葉では言いつくせない温もりと日本人が忘れかけている奥ゆかしさが伝わってきます。

座敷わらし的に登場した幼少期からのりんの身の上、原作では現実と妄想の狭間で描かれていた人さらいのばけもの今後の描き方も重要なポイント。


この情緒的な脚本センスが現代人の胸にどこまで響くのかがドラマの焦点にもなっていきそうですが、そこで重要なファクターとなってくるのがオリジナル版にはない今回の実写版で付け加えられた“現代パート”。

ドラマの前後に度々登場する榮倉奈々演じる近江佳代の正体は、ネット上ではだいぶ憶測がたっているのでここでは控えますが、彼女の存在はいわば視聴者と同化した目線のキャラクターです。

彼女がドラマの語り部として素直な台詞ですずたちの生活を顧みることができれば、この作品のイメージはそれまでのものとは大分違った印象になる気がしています。

戦争を描いたもう一つの名作アニメはコチラ

ドラマ「この世界の片隅に」
ひかりTVTSUTAYA TV(月額933円/無料期間=30日間)で視聴できます。

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