きみの鳥はうたえる/2018(日本)/106分
監督/脚本:三宅 唱
出演: 柄本 佑、石橋 静河、染谷 将太、渡辺 真起子、萩原 聖人
屈託なく笑う彼女の笑顔
こんなにも美しく笑う女優を初めて見たかもしれない。
ビートルズの「リボルバー」に収録されたジョン・レノン作のロック・ナンバーを邦題に起こしたこの作品には、終始その気怠くも心地よい70'sの音色が漂い続ける。
とは言え、劇中に無駄なインストは全くなく、それは染谷将太演じる静雄のちょっとくたびれたTシャツや、石橋静河演じる佐和子のアメカジ風のチェックシャツ等からも醸し出され、飽和した空間に漂い続けていた20代の頃の懐かしさが蘇ってくる。
榎本祐扮する主人公の“僕”は、まるで村上春樹の「ノルウェイの森」に出てくるキャラクターの様に社会の傍観者であり続けようとするが、佐和子の魅力にはお手上げ。
屈託なく笑う彼女の笑顔は、芝居という枠を超えて、色褪せたアルバムの中の思い出の彼女を想起させる。
石橋静河には二世俳優特有の焦燥感も必死さもない。
そのあまりのナチュラルさは、普遍的な憧れの青春そのもの。
彼女を挟んだ3人の風景は、いつかくる終わりを徐々に予感させながらも、遠い昔に信じていた永遠の友情を感じさせてくる。
―――“僕”が静雄と出逢ったのは、エスキモーなカッコで過ごした冷凍倉庫でのアルバイト。
どことなく親近感を感じたふたりはやがて共同生活を始める。
気怠い日々の中、ちょくちょく本屋のバイトをサボりがちだった“僕”は、同じバイト仲間の佐和子にある日声をかけられた。
店長の愛人生活に疲れていたのか、ただ一夏を楽しみたかっただけなのか、彼女は本心をおくびにも出さず“僕”に寄り添い続ける。
やがて静雄も含めた三人での共同生活が始まってゆき、何時までも終わらないと思っていた夏は少しづつ変わり始めていた。。
何もない夏
青の使い方が圧倒的に上手い演出だ。
闇夜の電柱やクラブのネオン、朝焼けの歩道に至るまで徹底してフィルターがかけられていて、それは俳優たちの絶妙な芝居の上にもしかり。
彼らはその中で様々な表情で見つめ合い、そして笑うが、その何とも言えない瑞々しさがリアルな若者の無力感を際立たせている。
キャッチコピーの夏というキーワードは、冒頭の静雄のナレーションでしか表されていないのに、それでも作品全体から強烈に夏の香りが漂うのは、監督がその暑さの裏に潜む儚さをきちんと理解しているからだろう。
海や花火、或いは蝉の音色が聴こえなくても夏は表現できる。
むしろ、そういう直接的なものより、それを受けた人物たちの切なげな表情だけで、あの空気感は伝えられるのかもしれない。
長尺の全ての画に独特な倦怠感を残し、その微睡みが夏の余韻を彷彿とさせてくる。
無駄な説明台詞や極力カットを割らない古典的な演出も、まるで森崎東の映画を観ている様な感覚で近年の邦画では甚く斬新。
すっかり商業映画に毒されてしまっていた自分は、“僕”と佐和子のメールのやりとりや冷蔵庫のくだりに予定調和を意識してしまい、随分恥ずかしくなりました。。
「なにかがある」わけではなく「なにも起きない」単調な日々の中でただ遊び続ける彼らの日常は、漠然とした不安を抱えながらも自然体であり続けようとする若者特有の主張。
彼らは何かに絶望しているわけでもなく、ただその瞬間の刹那を大切に謳歌する。
撮影中、榎本祐は甚く躁状態だったそうだが、映像を観るとそれも納得。
存在感の凄まじいあの俳優陣の中で、独りだけ気配を消して映画の持つ厭世観に溶け込むのは大分骨の折れる作業だった気がする。
彼の歩き方にはすっかり父親の風格が漂い始めていたが、同年代の肩の力の抜けた芝居をする染谷や石橋と同じ空間を共有した時間そのものが、等身大の夏を実感させられるこの作品のテーマそのものだったのだろう。
まるでドキュメンタリー映画の様なアンニュイな彼らの台詞も、綿密に計算されつくした監督の出色の演出としか言い様がないが、敢えて問題点を上げるとすれば、夜通しクラブで踊り続ける佐和子が刻むリズムの心地良さ。
コンテンポラリーダンスに精通している石橋静河のキャリアを鑑みれば致し方のない事だが、ゆきずりの関係から始まった女をあそこまでしなやかで艶めかしく描かれてしまうと、自分たちの思い出の中の一夏のアバンチュールが、あまりに陳腐に感じられてしまうからだ。
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