Red/2020(日本)/123分
監督・脚本:三島有紀子
主演:夏帆/妻夫木 聡、柄本 佑、間宮 祥太朗、片岡 礼子、酒向 芳、余 貴美子他
女の本質
女はやがて母になる。
男が漠然と妄執し続けるそんな不文律が、この映画を観ると丸ごと掻き消される。。
結婚はゴールでもスタートでもなく、言わば、けじめだ。
愛する者を守ろうとする勇気。一生を支えようと誓う覚悟。
だけど弱い自分達人間は、この信念を相手の目に見えるカタチで残したくなる。
・・本当は男女ともに、そこに絶対的なものなどはない事を朧げに感じながら。。
思春期特有の懊悩する少女と言えば、直木賞作家の島本理生。
その彼女の同名小説を映画化したこの作品は、正にその彼女の強い筆致をなぞるかの様に、映像の色彩が至って鮮やか。
見せかけの温かい家庭では、温和でも注意を促すイエロー。
その主人公、夏帆が演じる塔子の葛藤では、冷静でも凍える程の冷たいブルー。
そしてその塔子が、躊躇と後悔を伺わせる時は、敢えてフィルムライクなレタッチで、グリーンを入れる。
そうして、主人公の感情が分かりやすく原色で示されていく中で、澱んでいた『Red』が、やがて鮮血の色に染まり・・
この、揺れ動く女の情動を見事に具現化するのは、『幼な子われらに生まれ』でモントリオール映画祭審査員特別グランプリを受賞した三島有紀子監督。
彼女達は、いつの間にか不倫が文化では無くなってしまったこの時代に、破滅へと向かう事も辞さない、凄艶な女の本質をじっくりと見せつけてくれた。
あらすじ
平凡な結婚、可愛い娘、“何も問題のない生活”を過ごしていた、はずだった村主塔子。
10年ぶりに、かつて愛した男・鞍田秋彦に再会する。
鞍田は、ずっと行き場のなかった塔子の気持ちを、少しずつ、少しずつほどいていく…。
しかし、鞍田には“秘密”があった。
現在と過去が交錯しながら向かう先の、誰も想像しなかった結末とは――。
Filmarksより抜粋
孤独な男に惹かれる女
「音を消しても伝わるのが本当にいい映画」と昔諸先輩方から教わった記憶があるけど、この映画にはそんな言葉がピッタリ。
冒頭から、画面いっぱいに映し出される夏帆の表情だけで、鬼気迫るなにかを感じられてくるし、そこに一切の説明はいらない。
例えば、彼女がふと誰かを見詰める視線。
例えば、彼女がふと誰かに作り笑いを浮かべる笑顔。
或いは、車窓を抜ける雪景色を、只ぼうと眺めている彼女の横顔だけでも、それは十分に心の余韻を伝えてくるはず。。
その相手役の男、妻夫木聡演じる鞍田が鼻からタバコの煙を吹き出しても、妙に納得出来てしまう圧倒的な画力は、ドキュメンタリー畑で鍛え抜いた三島有紀子監督ならではの賜物。
原作より、より破天荒で破滅的なラストに改変したのも、そんな彼女が能動的に生きる全ての女性達へ、辛辣なアンチテーゼを唱えてみたかったのかもしれない。。
劇中に出てくる登場人物にも、監督の真実を浮き彫りにする視点が、見事にくっきりと表されている。
ちょっとマザコンチックにも見える塔子の夫は、所謂毒夫と呼ばれる部類には遠く及ばず、妻への愛情の示し方を未だに知らないだけの、未熟夫。
仕事に復帰した塔子にモーションをかけてくる小鷹が、原作の様な天然チャラ男キャラから、ちょっとだけ含みを持たした設定なのも、監督の意図的な演出だろう。
こうして、再会した塔子と鞍田以外の周りの人物に、敢えて深い現実味を纏わせていく事で、合理的には考えられない二人の愛の逃避行がよりクローズアップされていく。。
主体性を持って真正面から誰かを愛そうとするのは、女の本音だ。
しかし、妻となって居場所を作り、母となって守るべき存在が生まれると、女は規範意識に囚われていく。。
ここに、永遠に個人で生きている男が現れてしまっては、それにシンパシーを抱く気持ちは、誰にも止められないという・・・
この映画が、漠然と過去の女に未練を抱く男だけでなく、現実の殻から脱皮する事をどこかで求める女の琴線にも触れるのだとしたら、鞍田の様な不死の病に苛まれていなかったとしても、男の生き甲斐はその彼女達の本能の前に、あまりに無力だ。。。
「Red」はNetflixで観賞できます。