岬の兄妹/2018(日本)/89分
監督/脚本:片山慎三
出演:松浦 祐也、和田 光沙、北山 雅康、中村 祐太郎
役者魂と映画愛
変わり映えのないポリコレ感満載の『グリーン・ブック』のエンドロールが流れるや否や席を立ち、“映画の日”にどうしてももう一本観ておきたかったのがこの作品。
演技バカ松浦裕也の久しぶりの新作とあれば、放ってはおけない。
彼の荒ぶる俳優魂を知ったのはもう10年以上昔の話だが、ネット上のパッケージ映像でそのはにかんだ髭面を見た時は、なんだか無性に嬉しくなった。
クソつまらないVシネの撮影現場の片隅で、その熱い情熱を語ってくれた日々の事を走馬灯の様に思い返す。。
『殺人の追憶』のポン・ジュノや『リンダ リンダ リンダ』の山下敦弘の元、助監督経験を積み上げてきたこの作品の監督片山慎三は、奇しくもそんな彼と同世代の38歳。
狭間の世代と揶揄される年代のギリギリのトコロで、必死にもがいてきたであろう二人の映画愛がどのような経緯を経て化学反応を起こしたのかは分からないが、障碍者と自閉症の兄弟だけの生き様を、僅か300万の自費製作で描いてみせるという荒業を成し遂げてくれた時点で、最早敬服しかない。
それをポン・ジュノ並みに激し過ぎず、山下淳弘ばりにコミカルに描くわけでもなく、ただ漂うだけのロードムービーのように切り取ってみせた彼らの勇気には、相変わらず忖度だらけの世界に埋没してしまっている自分からすると、ぐうの音も出なくなる。
そんな躍動する彼らの様子に少しでも感化されようと、『グリーン・ブック』の終了時間と同時刻上映のこの映画を観る為に、日比谷から有楽町までの距離を早足で駆け抜けた。
まるで高慢な白人からの指図を受けているかのようなホワイトスプレイニングそのままの黒人マハーシャラ・アリの名演から逃げる様に、その足取りが何時もより3倍増しに早くなっていった事は、言うまでもない。
あらすじ
また、真理子が居なくなった・・・
自閉症の妹のたびたびの失踪を心配し、探し回る兄の良夫だったが、今回は夜になっても帰ってはこない。
やっと帰ってきた妹だが、町の男に体を許し金銭を受け取っていたことを知り、妹をしかりつける。
しかし、罪の意識を持ちつつも互いの生活のため妹へ売春の斡旋をし始める兄。
このような生活を続ける中、今まで理解のしようもなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れ、戸惑う日々を送る。
そんな時、妹の心と身体にも変化が起き始めていた…。ふたりぼっちになった障碍を持つ兄妹が、犯罪に手を染めたことから人生が動きだす。
公式HPより抜粋
タブーだらけの自主映画
結論から言うと、監督と主演の男どもの情熱なんかを木っ端微塵に打ち砕く程、妹を演じた和田光沙の存在感が凄まじかった。
数々の映画で見事な脱ぎっぷりを存分に示してきた彼女は、最早、次世代の日本人女優を牽引する安藤さくらばりのナチュラルさを保つと共に、あまりに儚い。
精神疾患を患う少女の性欲、更にはその先の純粋な愛情なんかを、過疎化する日本の漁村等で横行する性風俗の実態に絡めて見せるのは大分勇気のいる決断だっただろう。
事実、満員の劇場内からは、スクリーン上で繰り広げられるあまりにも苛烈な兄妹の生き様に観客の視線が釘付けになると共に、その合間に映し出される息抜きの様な実景映像の度に、終始ため息が漏れてくる。
しかし、どういうわけか、この作品からは重苦しさはさっぱり伝わってこない。
それは和田光沙の名演もさることながら、この作品の映画化に10年以上の月日をかけてきた監督の身近に、その原風景があったからのようだ。
つまり、その視点は、弱者でも強者からでもなく同じ目線。
日常にありふれた風景の一角としてその現実を切り取る事で、二人の兄妹の荒んだ生活にも妙な親近感が湧いてくる。
いや、親近感というよりも、それは昭和の路地裏のどこにでもあった街角の風景なのかもしれない。
素っ頓狂な声で笑う年頃の妹も、近所の低学年の小学生女子に置きかえれば自然に馴染んでくるし、優秀な同級生に小遣いをせびる兄の描写も、きっと悪ガキだった頃の自分達の中学生時代なんかを思い返せば、それはどこにでもあった光景なはずだ。
しかし、彼らには帰っていける家族がいない。
そんな現実を急に突きつけられた時の寂しさは、胸の奥をごっそり抉り取られる。
売春を生業にして生きていく二人の様は、善悪の区別なんかではどうしようもできない程愛おしく、そして切ない。
そんな中、妹が初恋を覚える男性役を本物の小人症の中村祐太郎監督が演じてくれた事で、劇中の情景やそれぞれの心理描写には、更にリアルさが増してゆく。
公式HPでは数多の業界関係者が絶賛のコメントを寄せているが、それは片山慎三監督がこの手の課題を自分たちに正面から突き付けてくれた勇気に対する賛辞であると共に、このタブーだらけの自主映画がいつバッシングを受けるやもしれない、彼の身辺に対する予防線でもあるのだろう。
そんな有志の愛情にたっぷり支えられたこの種の問題は、『万引き家族』よりも更に奥深く、自分達がのっけから健常者であるが故の傲りからくる上から目線で曖昧にしてきた、精神疾患者、或いは身体障碍者の性を赤裸々に見せつけてくれた。
原案のモチーフには韓国の鬼才監督キム・ギドクの『悪い男』のような構想があったようだが、日本人の気質からしてもこの手の厭世観はきっとそぐわない。
それは今作の作風の様に、流れるような情景描写の中に織り交ぜられた優しさがあったからこそ、その痛みがストレートに伝わってくるのだろう。
城ケ島の岩場のラストカットで振り向く妹の真っ直ぐな視線は、自分たちが胸の奥に潜めた怠慢さを全て見透かしている様で、急に恥ずかしくなった。
「岬の兄妹」は
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