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ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『万引き家族』の私的な感想―樹木希林からの遺言。ワーキングプアの実態―

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Shoplifters/2018(日本)/120分
監督:是枝 裕和
出演:リリー・フランキー、安藤 サクラ、松岡 茉優、城 桧吏、佐々木 みゆ、樹木 希林

 現代の闇と昭和の絆

圧倒的にひりついた痛みを感じる作品です。

“平成”の隙間に取り残された闇と“昭和”の温もりとの狭間で、現代社会に埋没している家族の一片を覗き込んでいるような感覚。

「是枝組」というアットホームな家族が紡ぎ出した明確な現実社会の実像が、じんわり伝わってきます。

 

この作品が出品されたカンヌ国際映画祭において審査員長を務めたケイト・ブランシェット達が、病的なまでに初心を装う日本社会の実態をどこまで理解出来たのか分かりませんが、大方の予想に反してこの作品が最高峰のパルムドールの栄誉に輝いた大きな原因の一つに、円熟した表現力を持つ俳優陣の化学反応がある気がします。

リリー・フランキーや緒形直人、柄本明等の名優達が演じた僅かな人の心の機微には、随分胸が締め付けられましたが、この作品で異彩を放ったのはやはり4人の名女優

今回はそんな彼女達の驚愕の感性を紐解きながら、監督が現場で創り上げた空気感とこの作品のメッセージを掘り下げてみます。


【公式】『万引き家族』大ヒット上映中!/本予告


日本アカデミー賞を受賞した是枝組のもう一つの秀作はコチラ

 

 

―――東京の下町の一角。
ボロ屋で暮らす祖母・初枝の家に転がり込んでいる日雇い労働者の治とクリーニング屋で働く信代。
更に二人に拾われた息子・祥太と初枝とは血の繋がりのない孫娘・亜紀が肩を寄り添わせ暮らしている。
・・それは世間からは見向きもされない、貧乏ながらも仲睦まじい昭和の5人家族。
彼らの生活は初枝の年金と「強請り」、更には治達の日課でもある「万引き」によって何とか成立している。
そんなある日、団地の廊下で一人震えている少女を一仕事終えた帰り道の治と祥太が見つけ連れ帰ってしまう。
初めは煙たがっていた信代も、彼女の身体中に残された傷跡を初枝が見つけてからは気がかりになり、彼女を迎え入れた6人家族は「生業」に更に精を出し始める。

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 4人の女優

物語の骨格を司った祖父・初枝を演じる樹木希林はクランクイン初日、家族が揃う海辺での撮影で強烈なアドリブを入れています。

それはアイキャッチに使用した彼女以外の家族が波打ち際ではしゃぐシーンでの一コマで、初枝は彼らを見詰め、

「・・ありがとうございました・・・」

と呟きます。

この孤独な老人が最後に夢描く台詞を代弁した彼女の想像力には、監督までもが脱帽。

映画の中でこの台詞はオフで表現されていますが、正しくこれは彼女が日本映画界にとって唯一無二の存在だからこそなせる業でしょう。

2018年9月に逝去された樹木希林さんの追悼記事はコチラ

www.mariblog.jp

  

そして『ウォーキング・デッドを日本人で勝手にキャスティング!』でも紹介させてもらった安藤サクラの演技にも樹木希林に勝るとも劣らない圧倒的な想像力が受け継がれ、本編のメイキング映像で監督は彼女に与えたとある即興芝居に対し、

「迸っちゃった感じ、ー中略ー ・・立ち会った感というんですか、そういう感覚はスペシャルですね」

と唸らす程この作品で伝えたかった監督の思いをストレートに劇中の役のアドリブで端的に表現してしまっています。

テレビ版の15秒CMで使われたその名台詞がコチラwww.youtube.com


更にケイト・ブランシェットにおいてはその彼女の卓越した演技について、

「今後、私も含め今回の審査員を務めた俳優の中で、今後あの泣き方をしたら、彼女の真似をしたと思って」

とまで言わしめるまでの迫力で、本来なら女優賞のみを獲得する筈の同映画祭において規定外の名演と言えるでしょう。

 

私的に一番胸に突き刺さった彼女の名言は、

「・・虐げられて育った子は、あんなに人に優しくなれないはずなんだよね・・」

この台詞に込められた無限ループの心の貧困にハマっている人の瑕疵は、映画を見ていると何度も頭の中でリフレインします。

 

そして劇中で拾われる少女・ゆりを演じる若干6歳の子役・佐々木みゆの抜群のバランス感覚。

近年の薄気味悪い大人の理想像の子供を演じる子役達が蔓延る中で彼女は、少ない台詞と視線のみで最も純粋に哀愁に満ちた現代の子供を演じています。

彼女の逸話も実に微笑ましく、本編の撮影中に本当に乳歯が抜けてしまったエピソードは監督が差し込みで作品に追加し、その様子は昭和の原風景を追想させる映画のテイストに絶妙にフィット。

 

そして私的に一番驚かされたのは、それまでバラエティー番組に出演しているイメージの強かった松岡茉優の圧倒的な儚さ。

劇中、未成熟さを売りにする日本の性風俗産業「JKリフレ」に片足を踏み入れた彼女の痛々しさはあまりに艶めかしく、それは演技とは思えないくらいのナチュラルな声色、彷徨う目線、ピアノ線の様に張り詰めた緊張感を指先にまでまとわせています。

これまで自分は彼女の演技に全くのノーマークでしたが、映画『あゝ、荒野』で紹介した菅田将暉同様、現代の若手女優の中では一際、卓越した表現力とビジュアルを兼ねそろえている俳優に感じます。

松岡茉優の魅力が詰まった主演作品はコチラ

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 釣り竿とスイミー

優しい音色が特徴の是枝テイストが一番滲み出ていたのはこの二つのエピソード。

まず釣り竿に関しては監督も公言しているとおり、実際に起きた家族での万引き事件をモデルにしていますが、そのエピソードの裏に隠れた僅かなヒトの刹那をしっかりと捉えています。

格差社会が進む現代の日本において、殺伐とした生活を強いられている低所得者層の中にも僅かに残る本能的な愛情。

無くしかけている家族の絆を確かめ合うかの様に、それを軽犯罪を通じて保たせている治と祥太の関係性には非常に感慨深いものがあります。

 

そしてスイミーの物語を語るエピソードにおいては、監督自らが行った同作品の取材中に出逢った施設の子供からインスパイアされ描かれていますが、ここにも監督の深い思い入れが。

AbemaTIMESの取材に対し監督が、

「スイミーを読んでくれた女の子に向けて作っていると今わかった」


と述べていますが、そこに本能的な子が親に求める欲求を満たせない彼らへの愛情がたっぷり伺え、マトモなオトナになれなかった治、そんな彼をしきりに慕う祥太との関係性は誰しもが心に僅かに感じる自己矛盾の顕れ。

そんな盲目的な愛情を傾ける祥太が、ゆりが犯す犯罪をきっかけに自我が芽生える描写は、微笑ましくも残酷な社会の現実を観客に突きつけてきます。

 

 

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 見えない人々

そんなエッジのきいた社会風刺的な描写を常に残しつつも、それぞれを必ずストーリー上で上手く飽和させてきた是枝監督の作品群の中で、この作品だけはちょっと別物

それは上述したとおり、現代の人の歪みをフィクションで解決させることなく敢えてそのまま置き去りにしたような感覚

カンヌ好みの社会に問題定義を投げかけた作品と言ってしまえばそれまでですが、正に今現実に我々日本人が直面している今まで見えないふりをしてきた人々への違和感が浮き彫りになっていきます。

 

この映画を観終えてみると、二つの不思議な感情が残ります。

 

それは万引き自体は悪なのかという錯覚と、報道に写る正義と真実の二面性

 

全体主義的な価値観に飲み込まれ、自分たちは相手を想像する事を忘れがちになっていないでしょうか?

 

ポスターに写る6人は、何処から見ても質素で温かな家族。

 

・・まるで昭和の日本に残っていた本当の家族の絆を垣間見せているかのように・・・

 

21年ぶりに世界中の映画祭の最高峰に日本映画が返り咲いたこの機会に、是枝監督によってようやく暴露されたこのワーキングプアの実態を若い世代がしっかり受け止め、相手を値踏みしながらの批判と上辺だけの愛想笑いで塗り固められた社会をもう一度顧みてもらった時にようやく、この作品が本当のパルムドールの価値を見出せるのかもしれません。

洋画版の見えない人を描いた作品はコチラ

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『万引き家族』
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