勝手にふるえてろ/2017(日本)/117分
監督・脚本:大九 明子 原作:綿矢 りさ
主演:松岡 茉優/北村 匠海(DISH//)、渡辺 大知(黒猫チェルシー)、石橋 杏奈
綿矢りさの世界観
『万引き家族』の松岡茉優の演技に触発されようやく手を出してみました。
原作者の綿矢りさの作品群は自分の中で思い出でもあり羅針盤。
この作品は、そんな彼女の筆致がはっきりと伝わってくる恋愛映画です。
テイストは少々ラブコメチックですが、妙に胸に突き刺さる綿矢りさワールドは全開。
昔風に言えば、、
ちょっとニッチでキッチュな非リア充系女子の断片を垣間見せ、広がる妄想癖を一瞬にして切り裂く現実世界での情動。
私的にはこの手の世界観、かなり好きです。
そして松岡茉優があまりにも上手く綿矢りさの世界に溶け込んでいて、その演技の幅の広さにも驚愕。
少しテンポが良過ぎる感のある内向的で破天荒な主人公の日常を、現実と妄想、更にはミュージカルまで織り交ぜ、愛おしく描いています。
・・こんな女優が15年前に居てくれたら、上戸彩主演で大コケした綿矢りさの処女作の映画版『インストール』も少しはマシになっただろうに・・・
なんて、、
懐かしく昔を振り返ってしまいます。。
―――松岡茉優演じるヨシカは都内で経理職を務めるОL。
無機質な日常の中で彼女の唯一の楽しみと言えば、夜な夜な古代の化石に思いを馳せる事くらい。
そんな彼女が片思いを続けている北村匠海演じる中学時代の同級生・イチは、ヨシカにとっての永遠の憧れ。
しかし彼女の転機は渡辺大知演じる社内の同期の男性・ニによって突然訪れる。
ヨシカはニから不意打ちの告白を受け一瞬は舞い上がるが、10年間頭の中にイチを召喚し「脳内恋愛」に耽り続けていた彼女にとっては、人との関わり合い方が分からず戸惑い始める。
ヤンデレ女子達への恋愛指南
一見幼そうで現実的、妄想を繰り広げているかと思えば結構計算高い、現代の日本社会の非リア充系女子の妙味を描く事に定評のある綿矢りさの世界。
潜在的に自尊心が低く、アンモラルだけどしっかりと現実を社会風刺的に見抜いている彼女の視点には激しく好感が持てます。
その最も特徴的なのは、主人公の独特で軽快な一人称での台詞回し。
この物語の主人公ヨシカはそんなナイーヴな自分を否定しつつも、辺りを常に「視野見」しながら手探りで周りの環境に順応しようと模索しています。
しかしその累積していくストレスは、ふとした刹那に日常生活の中で爆発してしまい、そんな彼女の危うさと脆さは滑稽ですが、妙に愛くるしくも感じられます。
孤立した現代社会で募る確立されない自己の鬱憤。
何者でもない自分と社会の隔たりを上手く埋める事が出来ずもがく様は、即物的な感情と情緒的な衝動を併せ持つ正にネット時代の申し子の様な現代人を複写。
ヨシカの恋愛の趣向は実は全てが自己愛で、相手を受け入れる愛情にまでは未だ成熟していません。
劇中名前に興味を持てないヨシカは、好意を受けている相手に対し「ニ」、自分が恋している相手にさえも彼の名字からとって「イチ」と呼称します。
しかし、現実のイチに自分の名前を憶えてもらえてなかった事で、彼女の幻想は崩壊。
ミュージカル仕立てでそれまで自分が空想の中で関わってきたはずの人々との交流を歌い、最後に、
「・・誰にも見えてないみたい」
と呟く台詞は胸に響きます。
しかし、、
綿矢作品が出色の出来栄なのはここからです。。
彼女の描く世界の主人公は、現実とのギャップに悶えながらも常に逞しく前向きなトコロ。。
この映画の主人公ヨシカもそれは例外でなく、臆病で独り善がりの恋愛観から抜け出し、彼女は自分の事をしっかりと見つめていたニに少し変化球ですがぶつかっていきます。
穿った見方をすれば正にご都合主義ですが、それこそ現代に蔓延するヤンデレ女子が夢見る一縷の希望。
二からクリスマスプレゼントに貰った赤い付箋が、雨に濡れた彼のシャツの上でゆっくり浸透していく様子は、ヨシカが少しずつ現実の彼に溶け込んでいく心のメタファ。。
そしてラストに彼に言い放つこの映画のタイトルでもあるヨシカの台詞、
「勝手にふるえてろ」
これは、盲目のまま手探りで生身の人間と向き合おうとする彼女自身が勇気を振り絞る際の武者震いに対しての言葉に聞こえてきます。
そうして、少しずつ愛する男と愛される男の違いを見極めていくヨシカの成長の様子は、ヤンデル女子達が本当の幸せを掴むまでのアイオライトの様に感じられ、痛々しくもしっかりと前向きな、希望の持てる現代の恋愛指南書でした。
「勝手にふるえてろ」は
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