マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

Netflix『全裸監督』の私的な紹介と感想―村西とおるを支えた三人の女優―(ネタバレなし)

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THE NAKED DIRECTOR Season1/2019~(日本)
監督:武 正晴、河合 勇人、内田 英治/脚本:山田 能龍、山田 佳奈他
出演:山田 孝之、満島 真之介、森田 望智、小雪、國村 隼、玉山 鉄二、リリー・フランキー、石橋 凌

 時代に埋もれたアンチヒーロー

民法ドラマがつまらなくなって久しい。

そんな中、自社製作、自社配給の強みを持つNetflixがまたやってくれた。

BPOやネット住民の声に怯え、著しく衰退の一途を辿る民法ドラマ枠じゃ、この手のドラマは絶対作れない。。

 

配信と同時に反響を呼び、早くもシーズン2の製作と配信が決定したこのドラマは、劇中にも出てくるうるさいビデ倫の審査基準なんか相手にもせず。。

映画で言うトコロの製作委員会、テレビで言うトコロのスポンサーの意向なんかも全く気にせず、あまりの過激なエロ描写にちょっと面食らってしまう視聴者も決して少なくないだろう。

そんな自分も、AV業界の裏側を描くこの作品に、ちょっと戸惑う感情はあった。

・・なにせ、業界の裏話的な暴露ネタは、どうも胡散クサイ。。

更に80年代からのアダルト業界を足早に駆け抜けていった男の半生なんて言われても、その丁寧な口調とは裏腹の、淫猥な撮影を好む変態監督に、失笑こそすれ、興味を持つ事なんて全くなかったのだから・・

 

けれど、そんな卑猥さが常に付きまとうどぎつい内容のストーリーでも、劇中で文字通り体を張った演者達の熱量で、いつの間にかすっかり釘づけにされてしまった。。

 

主役を務める山田孝之は、本家の口上を完コピした徹底的な役作りを極め、その相棒こと、チンピラのトシを演じる満島真之介の何とも言えないヤサグれ具合といったら・・

更にその脇を固める國村準は、『アウトレイジ』ばりのシュールで不気味なオーラを纏い、昭和から生き残り続ける狡猾なヤクザを熱演し、悪徳刑事演じるリリー・フランキーに至っては、正に神業。

万引き家族』あがりの小物感といやらしさを遺憾なく発揮し、劇中の裏社会の奥行を、いい塩梅に広げてくれている。

邦画界からすっかり敬遠されてしまったピエール瀧の出演シーンなんかもお構いなく残し、話題のアイドルからお笑い芸人、更には現役のセクシー女優まで登場してくるこのドラマは、大分控えめに言っても、相当面白い。

 

だけど、「オールナイト・フジ」に出ていた腋毛の女王、黒木香の存在は知っていても、彼女を発掘した村西とおるには、どうしても親近感が湧いてこない・・。

そんな時代の片隅に埋もれたアンチヒーローな男の正体とは何だったのか?

 

 

 

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 集結した映画スタッフ

タイトルからしてエロさ満点なこのドラマを見る前に、まずはそのスタッフの豪華さにちょっとだけ注目してもらいたい。

 

総監督に抜擢された武正晴は『百円の恋』で日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した玄人監督で、撮影監督には、三池組や井筒組で味わい深いカメラワークが特徴的な山本英夫を起用。

更に『キル・ビル』を始め、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『岸辺の旅』等の衣裳デザインを担当する小川久美子、美術には『ロスト・イン・トランスレーション』の中西梨花を抜擢する等、一流の映画スタッフに拘ったかなりの力の入れ様。

 

そんな撮影現場は、1日10時間以下の撮影という潤沢な予算の中、民放ドラマ業界では考えられない程の余裕のあるスケジュールと、緻密に練り上げられた脚本で作り上げられているのだから・・

 

その小道具を始め、80年代からの風情を極めたロケセット、更には当時の日本文化を丁寧になぞったヘアメイクから衣裳と、細部に至るまで凝った作りで、そのクオリティーの高さはもはや民法ドラマの水準を大きく飛び越え、正に大作映画並みの出来栄え。

とは言え、アダルトビデオや“ビニ本”が大量に出てくる撮影現場は、ロケ地探しや旧式車両の手配等にかなり困難を極めた風に映るが、ハワイロケやヘリを並走させてまでの空撮等からは、やっぱり、これまでの日本のドラマでは到底実現不可能な外資の底力を強く感じさせる。

 

ストレンジャー・シングス』の大ヒット以降、80年代にノスタルジーと夢を求めるオールディーズファンはNetflix契約者に限らず、決して少なくない。

つまりこの新しい映像配信のプラットホームは、臆病でシャイな日本人の隙をついて、ロリコン文化の根強い未開の和製エロ文化の原点に、次世代日本映画界を担うホープを引き連れて、鋭く切り込んできたわけだ。

 

・・業界の隅っこに席を置かせてもらっている身としてはちょっと悔しいが・・

 

この手のバジェットで面白い日本ドラマを全世界に向けて配信されてしまったら、もう規制と忖度だらけで雁字搦めになった民放ドラマが絶滅する日も、そう遠い未来じゃないのかもしれない。。。

 

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 “村西とおる”役を支えた三人の女優

前置きが大分長くなったが、このドラマのダークなコメディー感は、思わず顔がほころんでしまう面白さの中でも、きっちりと泣かせてくる。

それはこのドラマが、昭和最後のエロ事師の実話にベースを置きながらも、バブル崩壊後の殺伐とした日本の世相、自立しようとする女性とそれを搾取する男達の人間ドラマ、ビデオシネマ黎明期の撮影現場でのスタッフの葛藤等々、これまであまりはっきり描かれる事のなかった様々な時事ネタが、原作より更に深く掘り下げられているからだ。

 

更に卑猥なジュリアナダンスはおろか、日活ロマンポルノに繋がる白昼の情事、腐敗しきった警察官僚の実態から、歌舞伎町を占めていたやくざのしのぎの裏側まで、見事に包み隠さず見せてくれる。

これを、現代の若者がどこまでを真実ととるかは、それぞれの想像におまかせしたいが、そのリアルさの裏側で、犯罪に片足をツッコミながらも、這いずり回って生きてきた男の半生には、薄っすらと懐かしさのようなものが込み上げてくる。。

 

そんな“ハメ撮り界の帝王”と呼ばれた彼を語る上で、やっぱり必要になってくるのは、どうしてもとびきりのエロス

でもここが恣意的だと、そのドラマは一気に陳腐なVシネマに落ちぶれてしまうが、このドラマはそのエロとドラマ性とのバランスが絶妙に上手い。

その中でも、主役の村西とおる役の人物像を、体を張った際どい芝居で外側から見せてくれた3人の女優を紹介してみる。

 

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小瀬田 順子役・伊藤 沙莉/(アルファエージェンシー)

女王の教室』の子役から始めた叩き上げの彼女が演じるのは、村西作品を支えるメイクの小瀬田順子。

彼女のモデルは特定されていないが、この絶妙な距離感を保てる上手い女性は、当時の撮影現場に大勢いた。

そんな彼女達と村西との関係性は、淡白でありながらも、同志と呼べる強い仲間意識を持ったメイク部の存在感を、しっかりと表現してくれている。

夢を追い続ける事しかない厳しい業界の片隅で、古風で気遣いの出来る彼女達みたいな女性陣は、肩を並べあいながらも、常にちょっとだけ気にかかる存在だった。。
 

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みく役・川上 奈々美/(マインズ)

村西の“本番”撮影のキッカケとなったAV嬢“みく”を演じるのは、現役AV嬢の川上奈々美。

彼女の演じる役ドコロは、当時、田舎から上京したての女性が都会の闇の罠にハマる典型的なタイプで、なんだか酷く薄ら寂しくなる。。

その出演シーン自体はそんなに多くはないが、初めて“駅弁”スタイルを定着させたその大胆な濡れ場シーンよりも、私的には、千鳥足で明け方の街を彷徨う彼女の姿の方が、妙に絶妙な悲壮感を感じさせてくれていた 。

 

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黒木 香役・森田 望智/(ソニー・ミュージックアーティスツ)

その秘めた爆発力はハンパない。

劇中に登場する女性陣の中で、唯一実在するモデルのいる彼女を演じたのは、若手過ぎて名前も知らなかった22歳の新星。

それでも黒木香本人同様、自らも腋毛を生やすプロ根性を見せつけ、堂々とした演技で“伝説のAVクイーン”の魂を見事に降臨させている。

その圧巻のセックスシーンはあまりに情熱的で、主演の山田孝之の芝居をも食ってしまう程。。

 

彼女との出会いによって村西の“ハメ撮り”スタイルは確率し、その後の監督人生は大きく変化していくのだが、実際の彼女自身のおっとりとした性格とはかなり対照的な、清純な女心に芽生える純潔な性欲とのギャップが、万人の男心を必ずやくすぐってくるだろう。

 

 

 

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 ネタバレなしのシーズン1までの感想

悲喜こもごものネットニュースが目まぐるしく駆け巡る中、日本人のもつ欲望や悪癖は徐々に封印されつつある。

けれどTwitter上には、息苦しくなったオトナ達のホンネが日増しに増え続けていく・・

 

このドラマの主人公、村西とおるの身の回りで起こる様々な出来事は、そんな窮屈な社会と愛のない家族から生み出された必然の産物の様な気もしてくる。

その物語はあくまでも史実ベースというだけで、全ての台詞や感情までもが真実とは言えないが、奇しくも、“表現の不自由展”が脅迫によって中止に追い込まれてしまうような今日で、このドラマが世界中に向けて配信された意義は極めて大きい。

皮肉にも、外国資本のネトフリによって、あっさり暴かれてしまった日本人の欲望は、このまま抑制され続けても、いつか爆発する日を必ず迎えただろう。

 

健全な社会を目指そうとすればするほど、積み重なっていく不健全なヒトのホンネ。

そんな拠り所なく蒙昧に突き進むだけの自分達の正義の基準は、いつまで大国の羅針盤に寄り添ってくんだろう?

 

実際にFBIに拘束され、日本でも児童福祉法違反に抵触した前科を持つ村西の半生を、ユーモアを交えて描く事に違和感を覚える視聴者も少なからずいるようだ。

 

けれどその彼の罪は、本当に誰かを傷つけるものだったのだろうか?

 

劇中の悪徳警察官僚を演じたリリー・フランキーの言葉を借りれば、「お国が猥褻に指定したものはすべて猥褻になる」のだが、そのうやむやのうちに抑制された欲求の開放と本能の追求を求め、村西達はのたうち回る。

もちろん、そんな男達のサクセスストーリーだけでなく、性風俗に絡み取られた女達の喪失感や絶望感、女性主導の性の目覚めなんかもきっちり織り交ぜ、その波乱万丈な人生は酷く滑稽だが、何とも味わい深い人のありのままの姿だ。

 

そんな中で唯一気がかりがあるとすれば、、

それを自叙伝で開き直ってみせた村西とおる本人よりも、女の性の主導権の確立を目指しながら、やっぱり闇に消えていってしまった、黒木香自身の現在の実生活に憂慮すべき点であるが・・・

彼女は、後に民事訴訟迄起こし、その出演作品を全て封印しようとした事も含め、現実のアダルト世界はやっぱり、根強い男根至上主義に基づいている。

 

卑猥な性描写がめいっぱい詰め込まれたこの作品は、一言で言えば、“ヌケる”事よりも“想像する”事をテーマにしっかり添えた新時代のエロスの在り方ではあるが、その裏で搾取され続ける女性の性風俗の実態に、大真面目に取り組んでみせた生粋の社会派人間ドラマである事は、まず間違いない。

 

『全裸監督』Netflixで観賞できます。 

www.netflix.com

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