マリブのブログ

ニ匹ののら猫と一緒に随時三匹の飼い主を募集中の元帰国子女。。オススメの映画やドラマの感想を徒然に紹介しています。

      
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映画『アイリッシュマン』の私的な感想―ギャングスターのリアルな不条理の世界―

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The Irishman/2019(アメリカ)/209分
監督:マーティン・スコセッシ
出演: ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル、ボビー・カナヴェイル

 アイロニカルなジョーク

マーベル映画を侮蔑した発言で批判を浴びた、マーティン・スコセッシの気持ちはよく分かる。

カラフルでスタイリッシュに彩られた刺激的なスクリーンの中では、彼らが映画に残したいアイロニカルなジョークは、あっさり霞んでしまうからだ。

 

シシリー系移民が肩を寄せ合い暮らしていたニューヨーク・フラッシングに生まれ育ったスコセッシにとって、ファミリーが主体のイタリアンマフィアが牛耳る移民社会の現実とは、皮肉以外の何物でもなく、映画はそれを声高に叫ぶプロパガンダに過ぎない。

ディカプリオを担ぎ出して製作した『ギャング・オブ・ニューヨーク』や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、まさしくそんな望郷の念と、その彼らの栄枯盛衰を封じ込めたスコセッシの真骨頂であり、集大成。

沈黙 -サイレンス-』では、それまでのプロダクションサイドからのバーター映画撮影で疲弊が蓄積されてたのか、少々歯切れが悪かったが、結局彼のフィールドでは、矛盾のない世界観の作品は映画とは呼べない。

 

チャールズ・ブラントが2004年に発表したノンフィクション小説を原作に持つこの映画の原題は『I Hear You Paint Houses』。

直訳すれば、“お前が家にペンキを塗るのを知っている”と言う意味になるが、この時点で『エイジ・オブ・イノセンス』からも引き継がれるスコセッシ流のブラックユーモアが実はたっぷり。

冒頭でデニーロ演じる主人公のフランクが、自身のナレーションに被る様に伝えるそのイディオムは、不器用で無垢な男の半生をストレートに物語る。

つまり、60年代のアメリカ裏社会を一気に駆け抜けた彼には、元々際立った主体性などなく、人種のるつぼと化した移民国家の様々な思惑の中で、幾度も流転してきた男の悲哀が浮かび上がってくる。

そのペンキの色は、鮮血の赤色。。

正に、血塗らた裏家業を、満身創痍で駆け抜けてきたアイルランド系移民=“アイリッシュマン”のフランクは、その人生の最期に何を思い返すのか?

 

 

 

 

あらすじ

全米トラック運転組合のリーダー:ジミー・ホッファの失踪、殺人に関与した容疑をかけられた実在の凄腕ヒットマン:フランク“The Irishman”・シーランの半生を描いた物語。
全米トラック運転手組合「チームスター」のリーダー、ジミー・ホッファの不審な失踪と殺人事件。
その容疑は、彼の右腕で友人の凄腕のヒットマンであり、伝説的な裏社会のボス:ラッセル・ブファリーノに仕えていたシーランにかけられる。
第2次世界大戦後の混沌とし たアメリカ裏社会で、ある殺し屋が見た無法者たちの壮絶な生き様が描かれる。

Filmarksより引用

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 老いに恐怖を感じる者

スコセッシ映画の常連俳優のロバート・デ・ニーロ&ジョー・ペシ、更にアル・パチーノと、アラフォーからすれば、すっかりイタリアンマフィアがタイプキャスト化されたビックスターが集うこの映画は、『ゴッド・ファーザー』のそれと同じく、有り体の懐古主義的なギャング映画にタグ付けしてしまうには、ちょっともったいない。

 

冒頭から、暗い穴の様な場所からドリーインされていくデニーロの風貌は、ILMによる特殊効果技術によって、すっかりエイジング処理が施されてはいるが、それでも、淡いサングラスの奥に光らせる、およそ劇中年齢の老人には似つかわしくない程の鋭い眼光は、来たるべき悲劇の予感をたっぷりと感じさせる。

そして、ようやく殺し屋の古い回顧録が始まるのかと思いきや、いきなり20年は若返ってみせたデニーロが、北中米を駆け抜けるロードトリップなんかに出かけようとするものだから、なんだか肩透かしを食らってしまう。

しかもその相手は、小柄だが含みのある言葉で、威圧感満載のブファリーノ・ファミリーのドンを演じるジョー・ペシ。

コケティッシュでハイソな衣裳に身を包んだ彼らの妻達が一緒の旅行とは言えど、穏やかな60年代オールディーズの緩めのビートに乗せられた彼らのロードムービーチックなプロローグは少々退屈だ。

すると、そんな受け手の眠い目をいきなり往復ビンタする様に、突然、前述した映画の副題でもあるインタータイトルが、画面一杯を覆い隠す。。

更に、十年、二十年と、物語は進むに連れ、入れ子構造的にその時間軸は巻き戻されてゆき、原作の回顧録に添った史実を伝える膨大な情報量とも併せて、スピルバーグやジェームズ・キャメロン等の大衆娯楽映画の様に、視聴者に分かりやすい配慮をしようとする気概なんかは、スコセッシには1ミリもないわけだ。

 

この突飛な叙述テクニックを、3時間以上も延々と続けるスコセッシの拘りを、頑固オヤジのナルシズムと一蹴してしまうのは簡単だ。

けれど、その老いに恐怖を感じた者にしか伝わらない過去の因果は、齢77歳を迎えた彼の告解の様にも感じる。

 

 

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 スコセッシの拘り(※以下、ネタバレあり)

老害と化す名匠監督は、往々にして、過去に侵した自らの不条理の懺悔を映画に求め始める。

ペドファイルから抜け出せないポランスキーは、『告白小説、その結末』で情緒不安定な女に準えて、自分の性癖の理解を訴えかけてみたり、家庭を顧みなかったイーストウッドは、『運び屋』で自らの愚行録をトレースして、そっと弁解を試みてみたり。。

 

けれど、挑戦的に映像美に拘るスコセッシの場合は、ちょっとその毛色が違う。

CGでなんでも処理してしまうザック・スナイダー辺りに、特殊効果の使い方を教える様に、ビックスター達に満遍なくディエイジング処理を施したのも、きっとその為だろう。

 

物語の軸であるフランク・シーランが、その晩年になっていよいよ仄めかし始めた実在のジミー・ホッファの失踪事件の真相は、その顛末に観客の意識との不一致が多少起こっても、監督が故意的に覆い隠す映画の伏線にも繋がっている。

 

物語の後半、それまで心地よく流れていたメロウなBGMは、突然止まる。


それは、それまでテーブルを囲んで散々繰り返されてきた、会話劇の途中で・・

 

家族や仲間に害が及ぶことを極端に恐れる彼らには、それを死守する為に、超えなくてはならない一線が明確に存在する。。

それは、鉄の掟に縛られた男達にとっては、暗黙の了解でもあり、一件、無駄に長い様に感じるデニーロとアルパチーノの最期の車内風景は、何の変哲もない日常生活の延長線上に、突然別れが訪れる事をしっかりと示唆する。。。

 

劇中には、銃撃で蜂の巣にされる車や、礼拝堂でのバプタイズ、更にはキューバ危機の背景でのし上がるマフィア達の狡猾なその様子等、『ゴッド・ファーザー』のオマージュにも繋がるシーンが散々散りばめられてはいるが、そのドンを演じていたマイケルは、この映画ではその頑固さ故に、全く逆さまに破滅へと自らを追い込んでいく。。

このリアルな不条理の世界こそが、スコセッシが幼少期から実際に目の当たりにしてきた社会の風刺であり、ギャングスターに巻き込まれた者達が一斉に口をつぐむ、どこか滑稽だが寂寥感))(せきりょうかんの漂う、その末路というわけだ。

 

最期に、100着以上もの衣裳替えをデニーロに施し、117か所以上ものロケ地を駆け巡ったが故に、膨大に膨れ上がった製作費の為、この映画の公開自体が暗礁に乗り上げかけたその経緯はあまりに切ないが、少数の限定的な劇場公開とは言えど、 なんとか完成にまでこぎ着けさせてくれたNetflixには、素直に感謝の意を伝えたい。

それは、晩年のデニーロを検診しにくる黒歴史にさして興味のない看護婦と同様に、現代に生きる若者達には、往々にして語られる事もなくそのまま封殺されるからだ。

けれど、そんなイデオロギーこそが最早時代錯誤の戯言となる中で、細かい配慮を踏まえて、映画と現実世界との皮肉を巧妙にリンクして見せてくれたスコセッシが、ジェノサイドチックなマーベル系ギャング映画をディスりたくなる気持ちは痛い程良く伝わる。

 

時代の潮流から霞む彼のカタストロフィは、きっと万人に受け入れられる日は来ないだろうが、それでも、ほんの少しだけ開けられたドアの向こうで、誰かにひっそりと受け継がれていく事を、劇中のフランクの様に、今は未だ少しだけ信じていたい。

 

「アイリッシュマン」Netflixで観賞できます。

www.netflix.com


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