マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『十年』の私的な感想―香港デモから見る近未来のディストピア―(ネタバレあり)

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TEN YEARS/2015(香港)/104分
製作総指揮:アンドリュー・チョイ
監督/脚本:クォック・ジョン、ウォン・フェイパン、ジェヴォンズ・アウ、キウィ・チョウ、ン・ガーリョン

 香港の真意

最近、うる覚えになってきた遠い昔の記憶を掘り起こす為にも、巷で評判の中田敦彦のYouTube大学を見始めた。

やっぱり、あっちゃんは相変わらずかっこいーw

これまで表層的だった歴史や政治、或いは宗教の知識なんかまでまとめて、すんなり入ってくる。

 

映画やドラマそっちのけでのめり込んでいるうちに、自分が一番興趣をそそられたのは、身近なアジアの隣国香港の反中デモ問題


奇しくも、アメリカ同時多発テロの日付と同じ、9.11に行われたあのサミット以降も、普通選挙の導入等を訴え、その声は日増しに熱量が籠っているはずなのに、日本のメディアでは、何故かその実態が詳しく語られない。。

 

・・或いはこの国にも、もう中国お得意の言論統制が差し迫っているのか・・? 

 

一帯一路政策という中国の掲げるこのスローガンは、その随分穏やかに聴こえる響きの裏に、どこか不気味なアジア圏を網羅する植民地化政策の臭いが漂い続ける。。。

 

そんな彼等に蹂躙される香港人の真意を、鋭く突いた埋もれかけた香港映画をようやく見つけた。
 

 

 

 

 

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 5つのオムニバスからなる近未来予想図(※以下、ネタバレあり)

香港版アカデミー賞と称される香港電影金像奨でも最優秀作品賞を受賞しながら、その一方で、中国からの強烈なバッシングを受けているこの映画は、一国二制度という幻想体制の中で揺れ動く、香港人の今の声をダイレクトに聞くのにまさにピッタリ。

万引き家族』で世界的名声を得始めてきた是枝裕和監督をはじめ、日本、タイ、台湾とそのリメイク版がぞくぞくと製作されるこのオリジナル作品は、5つのオムニバス作品からなる、その国の近未来予想図を示したSF映画でもある。

 

サスペンス調のモノクロ映像で始まる『エキストラ』は、政界のマッチポンプ(自作自演)を皮肉る直球のポリティカル映画。
どこかポップでコミカルな彼らの会話劇も、その裏で香港議会を牛耳る上海閥を故意に刺激し過ぎない為の、配慮を交えた演出なんだろう。
表層的なフェミニズムと、民主化運動にみせかけた国家安全法と基本法23条(国家分裂や政権転覆などを防ぐ条例)の制定の裏で、いつの間にかテロリストに仕立て上げられ抹殺されてゆく、貧困層移民の末路はあまりに儚い。

そしてその民衆デモの原因が、2014年に中国批判をブログで綴った女性歌手シャーリー・クァンの、投獄か暗殺を示唆しているのだとしたら・・・

 

冬の蝉』では、再開発の末居場所を失った男女が、あらゆるモノを標本化していく様子を描く。
その二人の抽象的な恋愛模様は、滅びゆく定めの命のひりついた痛みをたっぷり感じさせながら、それでいて、どこか漠然とした愛おしさが無性に込み上げてくる。

デカルト主義なんてコトバが飛び出してくるとちょっと戸惑うけど、河瀨直美の映画に出てくるような、シュールでホラーな映像美の裏で監督が伝えたかった事は、或いは、利己的な全体主義に飲み込まれる過程での、形而上学的真の愛のカタチを模索する未来人の末路を暗示した悲劇だったのか・・・

 

方言』で描かれているのは、ダイレクトな言語統一の実態
日本人には難しいこの手の表現も、中国語の普通話(台湾語も含む)を標準語とすると、上海語を大阪弁、広東語を沖縄訛りとすると、それなりに身近に感じられてくる。

そして、その広東語に微妙なニュアンスを付け加えた香港語に絶大な誇りを持つ彼らの公用語が、ある日突然、あからさまに蹂躙されていくその儚い様子といったら・・・

 

4本目に登場する『焼身自殺者』というエッジの効いたこのショートムービーは、目まぐるしい香港情勢を、事前に知っておかないとちょっと難しい。
モキュメンタリ―風に撮られた著名人達のインタビュー映像からは、そのそれぞれが香港を植民地化したイギリス、ジリジリとその行政府に圧力を強めていく中国共産党への不満を吐き出していくが・・

センセーショナルなイギリス領事館前での焼身自殺事件から遡るスタイルの演出で、その時系列がいまいち掴みづらい感は否めないが、雨傘運動から中英共同声明において香港が曖昧な自治権を獲得する迄のその歴史を、駆け足で紐解いていく。

そしてその、度重なるデモや抗議活動によって生じる憎しみに便乗し、共産党がシュプレヒコールを上げる民衆の熱意を、逆に利用し続けているのだとしたら・・

ある種ミステリー調のこの短編の、身元不明の焼身自殺遺体の正体を最後に知った時、その怒りと祈りの狭間で生まれてくる、儚くも温かい自己犠牲の精神には、思わずため息が漏れてしまうかもしれない。。

 

ラストの『地元産の卵』は、そんな全ての香港人が託す唯一の希望だ。

親子の信頼関係さえも引き裂く監視社会の中で、人民服に身を包む少年少女達は、共産党の掲げる理念の基、ゆっくりと浸透していく教育の怖さを知らない。。

在りし日の文化大革命真っ盛りの密告社会の様な描写には、思わず背筋が寒くなってくるけど、自分で考える事を教え続けてきた父親の背中を見続けてきた幼い少年だけは、そのによって信念を貫こうとする。

そのキッカケが、我らの誇る「ドラえもん」の漫画だった事に、ちょっぴり嬉しい気持ちになれた時だけが、この映画を通じて唯一優しくなれる瞬間だった。 。

 

 

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 現実化するディストピア

バランスのいい構成で、香港の抱える問題とそれに懊悩する民衆の感情を訴えかけるこのオムニバスを見ていくと、その国家を支える民族の多様性に、まず驚かされる。

 

エキストラ』に登場する労働者階級の移民は、その風体からしてマレー系にも見えるし、『焼身自殺者』に登場する流暢な香港語を操るカレンも、劇中で揶揄される様にパキスタン系の移民の一人。

方言』で描かれていた言語差別に加えて、この手の人種差別をも含む香港の窮状は、自分達が想像しているよりも更に複雑なものなのかもしれない。。

 

そして何よりも吃驚してしまうのは、、

この2015年に描かれたディストピアが、着々と今現実に起きている事。。。

 

香港の中国返還以降最大規模の抗議行動にまで発展した逃亡犯条例の反対運動では、2019年9月現在、4名の自殺者が実際に報告されているが、その詳細な経緯は日本の報道システムに載らない。。

 

地元産の卵』の中で登場する、共産党批判の書物をこっそりと並べる書店員は、この映画が公開される僅か2か月前から、相次いで失踪を続ける銅鑼湾書店の店長等の危機を、図らずとも暗示していたのだろうか?

www.bbc.com

 

そして、エキストラ』でデモを繰り広げる民衆を横目に見流しながら、上海閥の要人と会談をする女性議員のモデルは、2017年にとうとう、香港史上初のトップの座でもある行政長官にまで上り詰めた親中派のキャリー・ラムの姿にも、何処か重なって見えてきてしまう。。

言論と報道に対する自由に、久しく翳りの見え始めたかの国家は、その思想の統制によって、いよいよ最終段階にまで主権が脅かされているのだとすれば、あっちゃんに教えられた通り、日本も最早、それを対岸の火事として済ます事は出来ないだろう。

 

一介の映画人の端くれに過ぎない自分には、その大きな時代の波を止められる術はないけど、『冬の蝉』に登場する恋人達のように、厭世的な傍観者として人生を悲観する事だけはせめてしない様に、この話題に上りづらい作品の感想を、敢えて今、綴らせてもらった。

 

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