マリブのブログ

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映画『最初の晩餐』の私的な感想―もう一つの家族の風景―(ネタバレあり)

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The First Supper/2019(日本)/127分
監督/脚本:常盤 司郎
出演:染谷 将太、
戸田 恵梨香、窪塚 洋介、斉藤 由貴、森 七菜、永瀬 正敏

 家族の風景

来年の映画賞を総ナメにする熱量はおろか、邦画業界に新風を巻き起こす程の、ぬくもりを感じられる映画だった。

“家族”というどこにでもあるありふれたテーマと、“終活”という普遍的なものを扱っていながら、この作品は何故か、凄まじく艶かしい

 

本当にいい映画の感想を書くのはかなり難しい。

ましてや、稲妻に打たれた様な、衝撃が走ってしまった作品なら尚更。。

松竹系の配給という事もあり、めったに足を運ぶ事のないピカデリーの長いエスカレーターを降りてからも、その余韻が冷める事はなく、久しぶりに途方に暮れてしまった。

 

この映画だけは、語彙力のないブログを読むよりも、その法悦に浸れる様な画力の性質から、音楽に例えるのが一番適当かもしれない。

 


2002年にシングルリリースされたこの「家族の風景」という楽曲は、当時のオリコン市場では全くの圏外だったが、知る人ぞ知る隠れた名曲。

ハナレグミというそのバンドネーミングそのままに、どこか気怠くメロウなこの歌は、今も尚、万人の寂しさを抱える人達の心を安らげる、スローテンポの鎮魂歌。

その歌詞の中には、在りし日の母の姿を謳うフレーズがあるが、以下の部分の解釈がアンビバレントである事を、最近ようやく知った。

 

キッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
7時には帰っておいでとフライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景

「家族の風景」/作詞作曲:永積タカシ

 
その後歌は、母との距離感を上手く掴めない子供目線からの歯がゆさを歌い上げていくのだが、煙草や酒と、キッチンのフライパンマザーというアンバランスさに、酷く背徳感が籠っているような気がしていた。

 

つまり、嗜好品を嗜むその様子は、正しく艶かしい女であり、子供目線で見る世界の中で、母性を象徴するキッチンとは、どうも似合わない。

 

この絶妙な空気感を、少ない言葉で表す天賦の才が、ハナレグミの離れ業だけど、長編映画デビュー作にして、その哀愁をすっかり映像で表現してしまった常盤司郎監督には、次世代の映画界をけん引する程の圧倒的な審美眼と、類まれな感性を感じとる事ができた。 

 

 

 

あらすじ
独立して2年目となるカメラマン、東麟太郎(染谷将太)は、姉の美也子(戸田恵梨香)とともに薄暗い病院の食堂で、麺がのびきったラーメンを食べている。
「親父が死んだ……。65歳になる直前の、夏至の日の明け方だった」
久しぶりに故郷に帰ってきた麟太郎は病室で亡き父・日登志(永瀬正敏)と対面し、葬儀の準備をしながら、ありし日の家族を思い出す。
通夜の準備が進む実家の縁側で、麟太郎がつまらなそうにタバコを吸っていると、居間では、ちょっとした騒動が起きていた。
通夜ぶるまいの弁当を、母・アキコ(斉藤由貴)が勝手にキャンセルしていたのだ。
なにもないテーブルを見つめて戸惑う親戚たち。母は自分で作るという。それが父の遺言だ、と。
やがて最初の料理が運ばれてくると、通夜の席はまた、ざわつき出した。母が盆で運んできた料理は目玉焼きだった。
戸惑いながらも、箸をつける麟太郎。目玉焼きの裏面を摘む。
ハムにしてはやけに薄く、カリカリしている。
「これ、親父が初めて作ってくれた、料理です」
登山家だった父・日登志と母・アキコは再婚同士で、20年前に家族となった。麟太郎(外川燎)が7歳、美也子(森七菜)が11歳の夏だった。 新しく母となったアキコには、17歳になるシュン(楽駆)という男の子がいた。
5人はギクシャクしながらも、何気ない日常を積み重ね、気持ちを少しずつ手繰り寄せ、お互いにちょっとだけ妥協し、家族として、暮らしはじめていた。
それは平凡だけど、穏やかな日々だった。
しかし、1本の電話が、まるで1滴の染みが広がるように、この家族を変えていく…… 。

そして兄のシュンは、父と2人で山登りへ行った翌日、自分の22歳の誕生日に突然、家を出て行った。
父も母もなぜか、止めようとはしない。
以来、家族5人が揃うことはなかった。
次々と出される母の手料理を食べるたび、家族として暮らした5年間の思い出が麟太郎たちの脳裏によみがえる。
それは、はじめて家族として食卓を囲んだ記憶だった。
兄弟で焼いた焼き芋、父と兄が山で食べたピザ、姉の喉に刺さった焼き魚の小骨。あのとき、家族になれたはずだった。
あの日、父と兄になにがあったのか?
死の寸前、父はなにを思ったのか?
姉が抱えている小さなキズとは? 母が長年隠し続けてきたこととは?
家族として過ごした5年間という時間。
それは、短かったのか?長かったのか?
父の死をきっかけに、止まっていた家族の時がゆっくりと動き出す。
そして通夜ぶるまいも終盤に差しかかったその時、兄のシュン(窪塚洋介)が15年ぶりに帰ってきた……。
公式HPより引用

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 小津調と岩井ワールド

若干長いが、今回は公式HPで紹介されているあらすじを、あえてそのまま全文引用させてもらった。

この映画の内容は、本当にこれだけで、所謂、起承転結と呼べるような物語の大波はあまり感じられない。

ヒューマンドラマのようなミステリーでもあり、それでいて、俳優達の荒ぶる魂の共演によって、ドキュメントを見せられているかのような、静謐さをも醸し出す奇作。

 

つまり、現代版に蘇った小津調の作品と言えるだろう。

けれど、その独特なローアングルからの人物カットや、ふんだんに盛り込まれた実景映像だけが、その既視感の所以ではない。

 

映画界の内情を全て暴露してしまう程野暮じゃないが、近年、実績のある監督でさえも潤沢な予算での撮影が行えない中、この映画は、2月から7月までの5ヶ月間もの間、四季折々の季節を交え、長野県の上田市を中心とした地方ロケが敢行されたと聴く。

更にキャメラマンには大御所の山本英夫を始め、チェン・カイコー初の日中合作映画『空海-KU-KAI-』の主演の大役を担った染谷将太、101作目のNHK連続テレビ小説『スカーレット』の主演に抜擢された戸田恵梨香に加え、岩井映画の新作『ラストレター』のオーディションを勝ち抜いた新星、森七菜等、錚々たる技巧派俳優陣に囲まれた中での、実績のない監督のデビュー作というのは、言ってしまえば、針のむしろ状態。。

そんな中で、不安をおくびにも出さずに、晴天に伸びる入道雲や稲穂にかかる夕日の情景、更には過酷な準備が必要とされるナイター撮影の中で、子役から大人達に至る迄、全ての俳優の微妙な表情の揺らぎさえも妥協せずにしっかりと映像に捉えるのは、途方もなく困難を極めたであろう監督の執念が伺える。

更に、イマジナリーラインを少々歪めながらも、強調したいカットには潔く俳優の顔を画面いっぱいに写しその詩情を誘う様は、岩井俊二の世界観にも通じる独特の淡さが感じられる。

 

その繊細で丁寧に切り取られた画の中で躍動する俳優達は、普段のテレビや映画の中では殆ど見られない程に瑞々しいが、それでいて彼らは一様に、どこか物憂げな寂寥感)(せきりょうかんを、僅かに身に纏っている。。 

 

 

Saisyono-Bansan02

 血の繋がりを超える家族(※以下、ネタバレあり)

家族の絆とその生死をモチーフに描く映画は、大抵分かりやすい。

それは、誰しもが身近に感じられるテーマであると共に、避けては通れない人生の終着点でもあるからだ。

そこに“料理”というトッピングは、家族への愛情や憂鬱を蘇らせ、在りし日の思い出の彼らの姿を想起させてくる。

 

幼少期の思い出から、自分はレバーが未だに苦手だ。

それは芸術家肌の父親が、無神経にも、臨場感たっぷりに枕元で読み聞かせてくれた「死人のレバー」という怪奇小説に由来している。

大人になってからすっかり甘党になってしまったのは、偏った食育の末、幼少期に母親から菓子類等を全く与えられてこなかったから。。

と言うように、料理に纏わる逸話は、誰しもが少なからず必ず持ち合わせているはずだ。

 

映画内に登場する料理は、その再婚相手となる母親が作る合わせ味噌の味噌汁から小骨のない焼き魚と、至ってシンプル。

しかしそのそれぞれに纏わる思い出が、家族間の中でも違うものだったとしたら・・

 

永瀬正敏演じる他界した父親が作る料理は、チーズに乗せただけの目玉焼きやキノコだけをトッピングに加えたミックスピザ等、少々奇抜なアレンジの男飯。

けれど、ここにもまた、実の子供達にさえ伝わる事のなかった、僅かな想いが託されていたのだとしたら・・

 

つまり、家族の食卓に並ぶ料理には、他人には推し量る事の出来ないれっきとしたが存在する。

そこに絆の意味さえ分からない息子に、葬式にも呼ばれなかったその彼女が、全くの偶然にも、義父になるかもしれなかった彼の父の好物を作り上げてくる様子は、正に映画でしか味わうことのできない、夢のアンサンブル。

 

この映画を鑑賞した方達の大部分は、疑問符が付いたまま結末を迎える家族間の秘密を、全て解き明かすのは少し難しいかもしれない。

それは、冒頭で紹介した「家族の風景」のフレーズと同様に、受け手側によってそのイメージは、十人十色異なるからだ。

 

しかし久方に義父との再会を果たした長男が、涙を零しながら鍋をつつく姿から物語る様に、そこには、長い年月を経て、ようやく血の繋がりよりも数倍色濃く繋がりあう事のできた親子の憧憬))(しょうけいの念が、確かに垣間見える。

 


そこに、台詞や一切の感情を説明する描写は全くないが、目に写る映像の向こうに広がる感性の奥行を無限に広げてくれる映画の本質を、久しぶりに深く実感させてくれた。

 

「最初の晩餐」
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