マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『楽園』の私的な感想―実話に基く日本の闇、現代に蘇る津山事件の真の恐怖―

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Rakuen/2019(日本)/129分
監督/脚本:瀬々 敬久
出演:綾野 剛、
杉咲 花、村上 虹郎、黒沢 あすか、片岡 礼子、根岸 季衣、石橋 静河、柄本 明、佐藤 浩市

 観念的に感じる恐怖

主観のない映画は胸に響かない。

それは傍観者である観客との距離感が、どうしても縮まってこないから。。

言い換えれば、ビジネス脳的な俯瞰で世界を見渡すと、世の中の危険性はだいぶ薄まるけど、その分、相手への共感力は失われていく。

そこに、更に身勝手な人間は、孤立感を深めてくのだけど。。

 

ピンク映画からドキュメンタリー迄、多彩な芸風を誇る瀬々敬久監督は、日本映画界でも際立った客観性を極める監督の一人だと私的には感じている。

警察小説を原作に持つ『64-ロクヨン-』も、女相撲一座の奮闘記を描く『菊とギロチン』も、アナキストでありながら傍観者の視点を持ち続けた、彼なりの薄っぺらい社会への問題提起だった様に思う。

 

けれど、その冷静な洞察力が珠に瑕。

中途半端な熱量の漂う彼の作品は、どうしても映画的な妄想の対極にある様に感じて、興ざめしてしまう事がこれまでにもよくあった。

 

そんな彼が、芥川賞作家吉田修一の『犯罪小説集』の原作のアレンジをした映画を撮る聴いた時には、ちょっとした違和感を感じた。

エッジの効いたサスペンスで人の本性を抉る同氏原作の『悪人』や『怒り』には、強い憤りを感じる監督の主観が、絶えず見え隠れしている。

 

けれどそんな危惧を一気に払しょくする程の、強い意識がスクリーンには迸っていた。

 

この映画は紛れもなく、そんな客観力を極めた監督ならではの、観念的に感じとった差別の恐怖を、剥きだしにして描いた彼の集大成に感じられる。


 

 

 

 

あらすじ
ある地方都市で起きた少女失踪事件。
家族と周辺住民に深い影を落とした出来事をきっかけに知り合った孤独な青年・豪士と、失踪した少女の親友だった紡。
不幸な生い立ち、過去に受けた心の傷、それぞれの不遇に共感しあうふたり。
だが、事件から12年後に再び同じY字の分かれ道で少女が姿を消して、事態は急変する。
一方、その場所にほど近い集落で暮らす善次郎は、亡くした妻の忘れ形見である愛犬と穏やかな日々を過ごしていた。
だが、ある行き違いから周辺住民といさかいとなり、孤立を深める。
次第に正気は失われ、誰もが想像もつかなかった事件に発展する。
2つの事件、3つの運命、その陰に隠される真実とは―。
“楽園”を求め、戻ることができない道を進んだ者の運命とは―。
Filmarksより引用

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 日本人の悪意

この国に蔓延る悪意ってなんだろう?

Joker』を見て以来、そんな相変わらずのひねくれた妄想に憑りつかれていたけど、客観力を極める瀬々監督ならではの主観で、それにようやく一つの答えを提示してくれた様に感じる。
 

人は、知らないヒトやモノ、或いは、偏った思考や権威の失墜を招く恐れのある事象からは、自然と距離を置く。

それを形成されたコミュニティが連帯意識を持って圧力をかければ、それは十分に立派な暴力へと変化する。

 

けれど、本当の怖さはそこじゃない。

その悪意に怖気づき、距離を取り傍観者でいた者の視点

 

この映画の題材には、後に『八つ墓村』のモチーフとなる津山三十人殺しとして知られる都井睦雄の半生とその憤りが、色濃く反映されている。

津山事件
津山事件(つやまじけん)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。
犯人の都井 睦雄(とい むつお)は3歳で母を肺結核で亡くし、祖母が後見人となる。
その後、姉と共に祖母の生まれ故郷の貝尾集落に引っ越した後、姉が結婚したころから徐々に学業を嫌うようになり、家に引きこもり同年代の人間と関わることはなくなっていった。
やがて、結核を理由に徴兵検査から弾かれた彼は、それまで夜這いの風習から関係を持っていた女性達にも拒絶されるようになる。
その後、逆恨みをエスカレートさせていった彼は、猟銃と日本刀を準備して、村八分にされた住民への犯行を決意。
実姉をはじめとした数名に長文の遺書を残し、用意周到な殺害計画を企てる。
1938年(昭和13年)5月20日午後5時ごろ、都井は電柱によじ登り送電線を切断、貝尾集落のみを全面的に停電させる。
翌5月21日午前1時40分頃、詰襟の学生服に軍用のゲートルと地下足袋を身に着け、頭にははちまきを締め、小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえつけた都井は、蛮行を開始。
近隣の住人を約1時間半のうちに、次々と殺害し、最終的に死者30名(即死28名、重傷のち死亡2名)と重軽傷者3名の被害者を出す。
その死者のうち、5名が16歳未満(最年少は5歳)であり、3軒が一家全員殺害され、4軒の家は生存者が1名だけであった。
その後、3.5km離れた仙の城と呼ばれていた荒坂峠の山頂で追加の遺書を書いたあと、猟銃で自殺
彼の遺体は猟銃で自らの心臓を撃ち抜いており、即死したとみられている。
尚、犯行後に犯人が自殺した為、被疑者死亡で不起訴となった。

wikipediaより引用

 

career-find.jp


集団社会からつま弾きにされた人間の狂気は、想像を絶する悪夢を産む事が稀にある。

それを、今一度見つめ直すには、この映画は丁度いい塩梅だ。

瀬々流のヒキのサイズを多用した客観的なカットそのものが、臆病な現代人の目線とそのままリンクしてくる。。 

 

 

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 人生の分岐点を暗喩するY字路

映画はよく、監督だけの主観で捉えるものとする趣向が著しい。

けれど、独特な客観力の強い傾向の瀬々監督は、そこを上手く纏め上げてくれた。

 

青田Y字路」という短編を原作に持つ未解決の少女失踪事件では、ビジュアル先行の役作り感が浮き彫りになるきらいのあった綾野剛と、清純派のイメージがいつまでも拭えなかった杉咲花の、内省的な部分をあっさりと解放し、田舎の若者の現状を、等身大目線で))(つまびらかにする。

万屋善次郎」を題材に、地域から疎外された男を作り込む佐藤浩市の存在感も抜群で、これまでの彼のダンディーなイメージとは打って変わって、他界した妻へ想いを断ち切れない養蜂家を営むその小さな背中は、往年の名優である父・三國連太郎以上の哀愁を、すっかり身に纏っている様に映る。

次世代を担う名バイプレーヤーとして存在感を増し続ける、村上虹郎、石橋静可、松浦 祐也に加え、黒沢あすか、片岡礼子、根岸季衣等の技巧派女優等が集結したのも、これまでに監督が積み上げてきた問題意識の高さからだろう。

 

そして何よりも胸に響くのは、この閉塞感に包まれる地方の限界集落に巻き起こる二つの怪事件が、人生の分岐点を暗喩したY字路で、しっかりと交わってゆく点だ。

 

タイトルの“楽園”は、そんな闇の世界に迷い込んだ住人が、実際に交差する事のなかった憂いを想起させるパワーワードとして登場する。

それぞれの寂し気な後ろ姿は、孤立感を深める日本人の佇まいそのものの様に映り、映画的な錯覚の中で、その寂寥感))(せきりょうかん を数十倍にも増幅させてくれる。

 

犯罪者への当事者意識が薄まってゆく現代で、あえて客観性を重視した監督の意志を尊重し、今回は主観での感想を差し控え、自分が数年前に訪れた津山事件が実際に起こった集落の現場写真を添付してみる。

村八分という日本人が慢性的に抱える差別意識の末、凶行に及んだ都井睦雄の元婚約者である女性が、事件から70年以上の年月が流れた現在も尚、齢90歳でありながら事件を悪化させた当事者として、地域社会から孤立化している窮状に想いを馳せて。

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