Passengers/2016(アメリカ)/116分
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット、マイケル・シーン、ローレンス・フィッシュバーン
実現できなかったオリジナルの脚本
・・まるで手塚治虫の描いた世界の様だけど。。
Rotten Tomatoes等の映画批評サイトではすこぶる評価の低いこの作品は、私的にはちょっと考えさせられる深みのあるスペーススリラー。
画に描いたような美男美女が閉じ込められた空間の中で中途半端なラブストーリーなんかを完結させてくるものだから、もっぱら一部の映画マニアには穿った視点で見られてしまいがちだが、そこはちょっと待ってほしい。
皆さんはこの作品に、実現されなかったオリジナルの脚本があった事をご存知ですか?
なんて嘯く自分さえも、この映画のリサーチをするまでは全く知らなかったのだが、以下の記事でその詳しい分析がされていた。
ジョン・スペイツが執筆したこの映画のオリジナル版の脚本は、ハリウッドの映画会社やエージェントたちの人気投票によって選ばれるBlack List にも掲載されていた秀逸な本だったのだが、どうもその製作過程で大衆心理に迎合するあまり、大幅な改変を余儀なくされてしまったようだ。
・・察するトコロ、、
実績のない新人脚本家の本をノルウェーのCM業界出身の新進気鋭監督で映画化しようとはしてみたものの、経験値の少ない彼らの真意は116分の尺をもってしてもまとめきれなかった為、分かりやすい大作映画として発表するしかなかったようだ。
それでも残り香のように漂う僅かなその余韻は、この作品の全編から零れている。
ラストに一言の台詞もなく一瞬だけ姿をみせるアンディ・ガルシアの登場にはだいぶ吃驚してしまったが、今回はそんなあまりに惜しい仕上がりのこの映画の紹介と感想をを、ガッツリ主観目線でぶちまけてみたい。
あらすじ
20××年――新たなる居住地を目指し、5000人の乗客<パッセンジャー>を乗せた豪華宇宙船アヴァロン号が地球を後にした。
目的地の惑星到着まで120年。冬眠装置で眠る乗客の中で、なぜか2人の男女だけが早く目覚めてしまった。
90年も早く――。
エンジニアのジムと作家のオーロラは絶望的状況の中でお互いに惹かれ合っていく。
なんとか生きる術を見つけようとするが、予期せぬ出来事が2人の運命を狂わせていく――。
Filmarksより抜粋
SFアクションの影に隠れた究極の偏愛
SF映画の様でチープなラブストーリーにも見えてしまうこの映画は、スペースパニックものの定番である脱出劇は、実はどうでもいいのだ。
なんて冒頭からアクションパートを全否定してしまうと身も蓋もないが、それこそがブロックバスター映画にありがちな世間への忖度。
冷凍カプセルで眠る美女を深い眠りから呼び起してしまうなんて一見身勝手な男の行動を、大衆は決して許さない。
だからこそ、その贖罪ともとれる苦難が必要なワケだが、それはどれだけ男に苛烈な試練を与えたとしても、きっとフェミニストの憤りを満たす事はないだろう。
しかし、もしその立場が逆だったとしたら・・・?
孤独に耐えられない女が、理想の相手を自分のわがままだけでパートナーに選んだとしてもそれを大方の世間は強く責められないだろう。
つまりこの映画は、相手の人生を奪うという究極の偏愛から始まるラブストーリー。
そしてその愛の本当の意味と幸せを、深く追求していくヒューマンドラマでもある。
孤独に耐えられない男が下す決断(※以下、ネタバレあり)
とは言え、その男の選んだ相手が絶大な美貌を誇るジェニファー・ローレンスである事が、この映画の噛み応えをだいぶ鈍くしてしまっているのだが、それこそ殺風景な空間の中で最も画写りのよい美女として、一旦はその溜飲を下げてもらいたい。
更に劇中ではかなり分かりづらいが、 クリス・プラット演じるジムも見てくれだけで彼女を選んだワケではない。
それはジムが孤独に耐えながら、ジャーナリストの彼女がそれまで綴ってきたエッセイを読んでいくうちに感情が抑えきれなくなってしまう描写にも描かれている様に、彼がそれまで得た事のない安らぎを彼女の筆致から感じ取っていたからだ。
そして忘れないでもらいたいのが、彼女たちがアヴァロン号に乗り込んだその意思。
決してまぐわう事のなかった二人の世界は、地球上ではそれぞれ孤独であった事。。
メカニックのジムは、その無機質な現実から自分の存在価値を見いだせない侘しさを抱え、偉大な作家を父に持つオーロラもまた同様に、彼を超える偉業を成し遂げなければ満たす事のできないコンプレックスを内に秘めている。
つまり只の美男美女にみえてしまう彼らは、互いに些細な心の瑕疵を背負っていたわけだ。
そして一見ご都合主義にも思える二人の生業がメカニックとジャーナリストである事も、大幅な尺調整の為作品に盛り込めなかったオリジナル版の意思を汲み取っていけば、それは運命だった様にも感じられてくる。
伝えきれなかった二つのテーマ
ここで冒頭で紹介した記事の内容を咀嚼すると、この作品には伝えきれなかった二つの重要なテーマが存在する。
それは強姦神話と旧約聖書。
強姦神話(ごうかんしんわ、英語: rape myths)は、強姦の加害者や被害者、性的暴行に対して持たれる、偏向していて類型的な、間違った信念である。レイプ神話(レイプしんわ)とも呼ばれる。
強姦神話は、伝統的な性役割、個人間の暴力の容認、性的暴行の特質に対する誤解など、さまざまな文化的ステレオタイプに由来する。
~中略~
強姦神話の普及は、強姦被害者に対する非難やスティグマ化の主因となっている。「露出の高い服装をしたり、なれなれしい態度を取ったりする女性が被害に遭う」「嫌なら必死に抵抗したはずだ」「女性は強姦されたがっている」といった説も、強姦神話に含まれる。日本は被害者が悪いとする有責性が強く信じられと強姦神話を内面化した結果、何の落ち度もない被害者が自責の念に駆られるケースもある。
wikipediaより抜粋
・・男の自分から主張すると、極めて強いバッシングを浴びてしまいそうだが。。
まず一つ目の強姦神話については、グリム童話『眠れる森の美女』からのモチーフがこの作品には随所に散見している。
ジェニファー演じるオーロラの名の由来はまさしく眠り姫の性そのままだが、冷凍カプセルで眠る彼女を起こしてしまうジムもまたその王子様同様。
ペロー訳での教訓でも示されている様に、それは夢見がちな少女の理想を痛烈に皮肉った印象でもあるが、真の男女平等を訴える上では、劇中のオーロラの激昂やジムに課せられた試練を持ってしても、いささか物足りなかったのかもしれない。
そこでこの映画が全国公開においてカットされてしまった描写は、少々興味深い。
それは、オーロラに真実がバレ熱愛期間が終了した後に、彼女からジムにかかってくる一本のテレビ電話でのシーン。
彼女は酒に酔いながら、もし別の状況で出逢っていたとしたら自分が貴方を相手にしたと思うか?と悪態をつくが、ジムは何も答えずそのまま電話を切る。
更に、ジムに一方的に電話を切られたオーロラは機械に八つ当たりをするが、下手な忖度などせずこのシーンを盛り込んでいれば、彼らの人間味溢れる歪な葛藤の様子にもだいぶ親近感が湧いた事だろう。
そしてもう一つのテーマは、この作品のアジテーションを大幅に狂わす旧約聖書に対する挑戦。
アメリカの大手ボックスメディアThe Vergeでは「最低のエンディング」と辛辣に評されてしまったけど、オリジナル版では実は全く違うラストシーンが存在する。
それは宇宙船の修復が成功した後も、冷凍カプセルを開発したホームステッド社の過失により、オーロラとジムの二人を残して、残りの5000人程の人口冬眠させられた乗客乗員は、新しい惑星に辿り着く前に全て宇宙空間に放出されてしまうというあまりに悲劇的な顛末。
つまり、ジムがオーロラを覚醒させていなければ、彼女もまた永遠に宇宙を彷徨う羽目になっていたというわけで・・・
更にその脚本のラストでは、数十年後に惑星に辿り着いた船から、オーロラが宇宙船内で見つけていた乗客達の遺伝子バンクから誕生させた様々な人種の子供たちが降りてくる。
しかし、このキリスト教圏ではどうしてもタブー視されてしまう人為的な人類の創造をノアの方舟に準え表現するのは、ハリウッドでの経験が浅い監督達には少々ハードルが高すぎた。。
メカニックのジムは、その創造性の化身。
そして偉大な本の執筆を背負わされていたオーロラは、まさしく地球上で最もポピュラーな本でもある聖書の創世記を記す作家にもなり得たのだが・・・
ここら辺の壮大なテーマが、一部の過激なフェミニストとクリスチャンの影に怯え、改編せざるをえなくなってしまった事実はあまりにもったいない。
無機質で不条理な現代へのアンチテーゼ
社会に迎合した為、その人生の殺人という大罪を犯す男の葛藤をつい軽視してしまった作風と、ナルシズム的なラブストーリーとの咬み合わせがあまりに悪く、不出来な宇宙版『タイタニック』なんて揶揄されてはいるが、その道徳観念自体は本当に間違っていたのだろうか?
フェミニストから人生のレイプと言われようが、自分の思いは変わらない。
それは衣食住がどんなに満ち足りていたとしても、人は孤独のまま生きていくことは絶対にできないからだ。
そんな際どい倫理上のテーマに挑戦してみせてくれたこの映画は、やっぱり私的にはかなりの秀作といえる。
それは、ジムが掃除ロボットに細工を仕込んでオーロラをデートに誘う様子や、聴く耳を持たない彼女に対し船内スピーカーで懺悔を請うジムの描写にも表されている様に、科学の進歩が発展する中でも人の心の情動を表現するやり方をきちんと写してくれたユニークな視点でもあるのだが・・
新世界に辿り着けず死を迎えてしまう事を知ったオーロラが悲嘆に暮れているシーンで、ジムの手作りのビルのミニチュアを観て感動している描写に、若干違和感を感じた方はいないだろうか?
実はこのエピソードには、カットされてしまった前振りの会話劇がある。
それは、目覚めた後にオーロラがジムと会話するシーンで、ニューヨーク出身の彼女は様々な土地に移り住んでも、どこにも自分の居場所が見つけられず故郷に戻ってきてしまう事を吐露する。
そしてそんな虚しさの中でも、威厳のある父の様に聳え立つクライスラービルを眺めながらコーヒーを飲んでいる時だけが、彼女が執筆に一番集中できるという事も・・
つまりジムは懺悔でもありながら、オーロラの寂しさを救う為の本物の王子になろうと努力していたのだ。
オリジナル版ではしっかり描かれていたこの手の残り香は、彼女の友人達からのビデオメッセージにもある様に、どんなに大勢の人の輪の中に囲まれていたとしても、どこからか湧き上がってきてしまう人の孤独感をしっかりと感じさせてくれる。
そしてそんな誰しもが持ち合わせる侘しさを、アンドロイドのアーサーだけが一番よく理解していたという事もかなりの皮肉なのだが・・
「あなたはここではなく、他の場所にいるはずだった。
指を鳴らして好きなトコロへ行っても、あなたは言う“ココではない”と。。
理想に囚われてしまうと、すべきことを見失う。
悩んでいても仕方ありません。楽しんで。」
なんてオシャレな台詞を吐きだしてくれる彼が、ジムのその本心をミスリードしてオーロラに真実を漏らしてしまう描写なんかを観ていると、それが人のココロを和ます為にプログラミングされていた言葉だったとしても、なんとも感慨深い。
理想的な幻想を掲げる大企業のホームステッド社が、完全な安全対策を怠ったまま宇宙開発事業を行っていたその拝金主義者達の節操の無さも含め、無機質で不条理な現代社会の中で生きる自分たちへのアンチテーゼを、かなり声高に叫んでいた上質なプロットだったのだけれども・・・
『パッセンジャー』は
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