マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『青いパパイヤの香り』の私的な感想―ベトナム映画に観る釈迦の悟り―(ネタバレあり)

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L'odeur de la papaye verte/1993(ベトナム/フランス)/104分
監督/脚本:トラン・アン・ユン
主演:Man San Lu/トラン・ヌー・イエン・ケー

 フランス的ベトナム情緒 

アジア料理が好きになったきっかけの映画かもしれません。

使用人としてベトナムの裕福な音楽一家の下で働き始める無口な少女・ムイの手料理

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もうこれだけで、なんだかお腹がすいてきませんか?

劇中では随分この料理をする描写が多いですが、それに比べると何故か食事をするシーンは少ないような気がします。

そんな強烈に鮮やかな緑と人々の哀愁を感じる作品。

 

タイトルにもあるパパイヤの実は成長過程にある少女の発露と詩情をそそらせ、草木や蛙、昆虫などを愛でる彼女の横顔には仏教的ですが、諸行無常の響きを感じさせる少しダウナーな空気感。

劇中の台詞は最低限に集約され、鈴虫の鳴き声から木魚を叩くリズム、更には劇中の主人が奏でるダン・タムの音色等にも、民族観が近いからなのか、この作品に登場するはどれも懐かしい日本の原風景を想起させてきます。

 

監督のトラン・アン・ユンはこの作品でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人賞)を受賞しましたが、自然の映像美と少女の日常、そしてそれに対比してゆっくり没落していゆく劇中に漂う厭世観は何とも言えないほろ苦い味わい。

第二次世界大戦後間もない時代に貧しい農村で育った十歳の少女・ムイが、首都サイゴンの資産家の屋敷で奉公を始めるところから始まるこの物語は、アジア映画と言うよりはフランス映画のそれに近いのかも。

アートな色彩感覚や物憂げな人物描写の中で複雑に絡み合う人の深層心理、そんなすべてを淡々とした少女の日常の中で絶妙に盛り込ませるその表現技法は、ベトナム人監督ならではのどこか優しい音色です。
 

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 少女の成長と人の世の移ろい 

一見ベトナムで撮られた作品かと思いきや、作品は全編を通じて実はオールロケセット。

パリの郊外で撮影されたこの作品に登場するベトナム人たちもその殆どがフランス在住の新人俳優ですが、主従関係にある女の半生を描いた作品にしては、あまり鬱屈した空気感は感じません。

この押し迫った悲壮感のないどこか牧歌的な作風は、『深呼吸の必要』等にも見られる南方文化ならではの味わいでしょう。

物語に大きな波はなく、只ひたすら少女の成長のみを捕らえ続けているだけにもかかわらず、いつの間にかほんのり哀愁が込み上げてくるのは劇中の様々なコントラスト

 

ムイが奉公する先の家の少年たちは、逃避癖が抜けない父親の影響からそれぞれにフラストレーションを貯めこんでいきます。

それはムイが愛でる蟻を殺そうとしてしまう次男や、事あるごとにムイの仕事の邪魔をする三男の描写。

しかしそれでもムイは何も言わず、直向きに働き続けます。

それはまるで動植物と混ざり合い生きていく本来の人間の姿であるかのように。。

 

ムイに死んだ娘の面影を投影させる女主人、更にその義母を思い続ける老人の姿にも、奥ゆかしさと共に直向きに生き続ける人の生命力を強く感じます。

画面いっぱいに広がる少女時代のムイのアップからは高温多湿なアジアの湿り気が程よく伝わり、木々の温もりと西洋文化を取り入れた格調高い家屋のセットとの対比もまた格別。

 

やがて成長したムイは十分な賃金が払えなくなった彼らの家から、長男の友人・クェンの屋敷に勤め始めます。

新進気鋭の若手作曲家として成功を収めていた彼の家でも、ムイは健気に雑務を熟し続けますが、そこで彼女に僅かに芽生え始める女心

仏像の彫刻にムイの面影を見たクェンは、奔放に振舞うフィアンセから次第に心が遠ざかり、静謐な魅力を醸し出すムイに惹かれていきます。

 

一見身勝手な男の心変わりにも見えるこの一連の描写は、現実主義な女性からは酷く批判を浴びそうですが、これこそが人の世の移ろい

ダメ男や夢想家の裏には、凛と生きる女の影があってこそ・・なんて・・・

 

ラストに彼の子を身籠るクェンが夏目漱石の「草枕」の引用を用いて人の世の不条理を謳う様は、儚くも強く生きる人の哲学をしっかりカメラ目線で視聴者に伝えてくれていました。
 

「青いパパイヤの香り」
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