樹木さんが亡くなり、安室奈美恵が引退し、平成が往く。
どうしても時代の節目を痛切に感じてしまう。
ほぼ同じタイミングだったこの二つのビッグニュースは、連休最終日の雨とも重なり、随分街を物悲しく感じさせる。
業界内では誰しもが口を揃えこの二人の女史の結末に胸を痛めているが、そこに去来する思いは果たして同じものだったのだろうか?
樹木希林の生き様
奇抜すぎる演技で世界を注目させた樹木さんの死は、衝撃よりも先に、いいしえぬ物悲しさが込み上げてくる。
映像界、演劇界問わず、憧れの女優の筆頭にその名を上げる若手は後を絶たないが、彼女の持つ魅力とはいったい何だったのか?
自分が思い浮かぶのは、まずその生き様だろう。
お世辞にも美人とは言えない容姿にも関わらず、彼女の芝居はとても温かい。
それは公私問わず、歯に衣着せぬ物言いをする中にも、常に深い愛情を感じるからだ。
映画業界の監督や演出家は大抵、言葉が下手くそだ。
彼らはその思いを言葉で伝えられない代わりに映像で表現する。
それでも、脚本上の登場人物と俳優が上手くリンクせず、苦しみもがく事など日常茶飯事だが、樹木さんはそこを理解するのが圧倒的に早い。
自分が誰であるかではなく、誰であってもらいたいのか?
空想上の人間にしか思いを託せない彼らは、そんな彼女の優しさに大抵一瞬でメロメロにされてしまう。
それでいて抜群に知性が高く、演出側が思い描く理想図の遥か上をいく想像力を持ち合わせてもいる。
『万引き家族』で祖母の柴田初枝を演じた時の彼女のアドリブ等は正にその真骨頂で、是枝監督が映画に潜めた不条理に対する答えを一言で伝えてしまった。
大昔に番組プロデューサーの不倫を公然に暴露してしまったエピソードや、最後まで夫であり続けた内田裕也の一方的な離婚通知にも微動だにしなかった態度も、結局は深い相手への配慮の結果なのだろう。
表向きに不倫を批判する風潮や、現代に取り残された弱者を切り捨てる傾向の中でも、彼女の姿勢は生涯一貫して思いやりを持ち続けた。
安室奈美恵の軌跡
同世代とは言え、安室奈美恵に深く傾倒してきたわけではない自分には、彼女の音楽性を語る事は出来ない。
しかし、彼女を崇拝する周りの友人達から察するに、その魅力はまず、類い希なカッコよさなのだろう。
彼女自身の容姿も私的には絶世の美女とまでは言えない気もがするが、それでもカリスマたる所以は、透き通った彼女の歌声の中にも常に芯の強さを感じられる事。
彼女と同世代、或いは道を模索する若者にとっては、その気概ある態度と美声が何よりの支えであったはずだ。
今でこそ歌姫と呼ばれるようになった彼女もデビュー当初はまだ垢抜けない沖縄のダンサー少女で、ソロとして初のミリオンセラー「Chase the Chance」に至るまでには、実に4年の歳月を費やしている。
その後、結婚、離婚、出産、母の死等、挙げたらきりがないほど波乱に満ちた半生を送ってきた彼女だが、小室哲哉がプロデュースを手掛ける際に感じた言葉通り、初めから明確な自身のビジョンを打ち出せる強い意志を持つ女性だった。
そこに、バブル以降、不況に喘ぐ大人の背中を見て育った若い世代の女子の感性が共鳴し、琉球魂を受け継ぐ健康的な快活さと日本人離れした華奢な体型が一気に彼女をスターへと押し上げる。
しかし、彼女のスタイルは本当にそうだったのだろうか?
順風満帆に思えた小室氏制作の楽曲からの離脱や、業界内では様々な憶測が後を絶たないライジングからの移籍騒動等には、彼女の自立した強い意思表示が伺える。
つまり、自分たちが思い描く安室奈美恵は、私人ではなく公人。
巷の女性が想い描く、漠然とした女の理想像を、彼女に演じ続けてもらってきたのでないだろうか?
彼女のカッコよさの原点にあるのは、そんなはっきりとした自己表現の裏に時折垣間見せるファンへの強い愛情。
彼女もまた、求めるものを追求するより、求められるものを与え続けてきた女性だ。
引退の発表のタイミングや、ラストライブの状況等、どこか釈然としない噂も飛び交う中、彼女の本音を言ってしまえば、きっともうそんな全てに疲れてしまったのだろう。
ライブ終了後、沖縄の夜風に吹かれながら、打ち上げ花火を見上げる彼女の横顔には、ようやく只のウチナーンチュに戻れた安堵感が伺える。
ふたりが聴き続けてきたコト
次期首相を決める安倍と石破の一騎討ちの茶番など霞んでしまうくらいに世間を騒がせたこの二人のニュースは、図らずとも平成の幕が閉じる同じ2018年。
彼女達が演じ続けてくれたその背中にはもう感謝以外の言葉が見つからないが、そこからくる寂しさと共に、何故か彼女たちに見捨てられてしまった様な不安が込み上げてくる。
次世代を担う若者たちの為だけでなく、社会の荒波の中で揉まれてきた自分たち40代にとっても、事あるごとに様々な影響を及ぼしてきた彼女たちが同時にいなくなってしまうのは本当に侘しい。
彼女たちは正に業界を目指す者の指針であり、全ての俳優、ミュージシャンの手本だったのだが、自分たちはそれを失っても、ちゃんと夢を追い求めていけるだろうか?
ふたりはくぐもった街の声を聴き、そして代弁してくれた。
情動を突き動かされる事自体にどうしても疎外感を抱かせてしまう社会の中で、時代に流されず凛とあり続けた二人がこなしてきたその役割に想いが駆け巡る。
殺伐とした世論に拍車が掛かりつつある現代では、自分には映画を通じてその相手への気遣いと想像力を膨らませてもらうコトくらいしか出来ないけれど、彼女達の生き様に恥じぬ様、ふたりが残してきたその強さの裏側にあるものに、平成が終わってしまう前に、もう一度耳を傾けてみる。