マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『花とアリス』の私的な感想―揺れる女心とビタースイートな思い出―

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HANA&ALICE/2004(日本)/135分
監督/脚本:岩井 俊二
出演:鈴木 杏、蒼井 優、郭 智博、木村 多江、相田 翔子、阿部 寛、広末 涼子、大沢 たかお

 等身大目線の温もり

岩井俊二の映画は、大抵どれも優しい音色がする。

その中でも、この映画から伝わる温もりは、冬場になるとよく思い返す。

 

彼の映画は、殆どと言ってしまっていいほど、説明がない。

駅のホームに佇む少女達の白い息。その先に霞んで揺れる電車のシルエット。

やがて学生達が、顔を突き合わせて乗り込むラッシュアワーの電車の中には、強めの日差しが差し込む。。

 

“キットカット”でお馴染みのネスレが運営するウェブサイトのショートムービーとして生まれたこの映画は、その温もりを追求するストラテジーにはだいぶピッタリ。

その光景は、少女達の清々しくもどこか朧気な日常の断片を切り取り、朝の飽和した空気感の中に、彼女達の不安定な心の機微をまるごと閉じ込める。

 

リリィ・シュッシュのすべて』でスクリーンデビューした蒼井優は、今ではすっかり自然派女優の代名詞になりつつあるけど、この映画で鈴木杏と共にW主演した頃は、若干18歳。

その瑞々しい演技の裏には、彼女が映画初主演としてこの映画に出演した際の、岩井監督との丁度いい距離感も影響してるのだろう。

メイキングでは、彼女は監督の印象を“親戚のおじちゃん”なんてしてるが、アーティストな監督が俳優との距離感をここまで縮められるのは、現場では極めて異例な事と言える。

それは、図らずとも、監督が少女達と等身大の目線でいるからなのか? 

 

 

 

 

あらすじ

明るく素直な花(鈴木杏)と自由奔放で勝手なアリス(蒼井優)は、幼なじみの中学生。
2人はいつでも何をするにも一緒。
しかし、花に訪れた初恋が2人の関係を微妙に変化させていく。
友情と恋の狭間に戸惑いつつ、大人の階段を少しずつのぼり始める2人……。
誰しもが経験する一時期の戸惑い、悩み、苦しみをノスタルジーあふれる映像とともに描くスイートでビターな初恋物語。
Filmarksより引用

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 夢と幻想

間もなく新作の公開される岩井俊二のアンニュイな世界観は、よく『君の名は。』で一世を風靡した新海誠と比較されるが、私的には大分違う。


後者がテーマにするのは、自然や超常現象であり、言わばフィクションな世界。

切ないアニメキャラの声色と、キャッチーでストレートなメッセージを乗せた音楽とを融合させ、殺伐とした世界からの開放的な爽快感だけを、作品に封じ込める。

 

一方、俗にいう“岩井映画”には、実は大袈裟なはない。

彼のデビュー作『undo』からして、現実世界の空ろな夫婦模様を映し出し、『PiCNiC』では、その精神疾患を持つ歪な人間関係の頂点を極めた。

代表作の『スワロウテイル』こそ、近未来舞台にしたSF映画チックではあったが、そこに生きる人間達は、常に何かに対し抗っている。

その、四面楚歌な周りの様子に多少の既視感はあっても、新海作品が日常からの現実逃避的な幻想を追い求めるのとはまるで違い、岩井俊二の映画には、その現実の延長線上にあってほしいを描く。

 

記憶喪失と揺れ動く女の友情という、かなり不安定な要素を掛け合わせたこの映画は、岩井映画としてはちょっと特殊で、劇中の至る処にユーモアと生々しさが溢れる。

まず、花とアリスが暮らす寒々しい何処かの町は、“水木”駅。

そこから“石ノ森学園”にある中学を卒業し、“手塚”高校に進学するなんて、正しく王道の日本漫画史を辿っているようで、妙な親近感が湧いてくる。

花が恋をする宮本先輩等落語研究会の講座名が、60年代の人気アニメタイトルをもじったものだった事にはちょっと気付けなかったけど、大森南朋、ルー大柴等が扮するオーディション風景なんかには、全く見事に業界の裏事情が散りばめられていて、かなりウィットに富んだ台詞が盛り沢山。

更に叶美香、アジャ・コング、北陽の虻川等、バラエティ色の強いキャストがストーリーのテンポを軽くし、阿部寛、広末涼子、大沢たかお等の本格俳優は、ワンシーンだけの絶妙な演技での出演で、バランスよく映画の重厚感を盛り立てる。

アリスがスタンドインモデルをする際に一瞬だけ映るキャメラマン役は、この作品が岩井組での最期の作品となった、日本屈指の名キャメラマン篠田昇氏本人だが、彼があらゆるドリー撮影を駆使して切り取ってきた映像が、岩井組の代名詞ともなる浮遊感のある映像の大きな屋台骨であった事は、言うまでもない。

 

けれど、リズミカルに進んでいくこの物語は、所々できちんとふくみを持たせる。

それは、学園祭で友人の撮ったバレエ風景の写真を見詰める花の様子や、ホーム際で手を振る父親を、見えなくなるまで目で追い続けるアリスの物憂げな視線。

ここに、変わりゆく四季の映像を織り交ぜ、反射的に少女達の心情が露わになる瞬間を捉える監督のセンスは、岩井俊二本人が、劇中ではしっかり語られない事実よりも、直観的に感じる真実を、映像の中で魅せる事を見据えているからだろう。

 

そうして、普段の日常では見過ごしてしまいそうな彼女達の僅かな感情に、敏感に目を凝らしていくと、度々胸の張りさけそうな緊迫感に襲われる。

 

劇中の引きこもりの花にはアリスしかいなく、ある程度幸福だが、ファザコンから抜け出せないアリスにもまた、彼女しかいない。

 

その現代人の多くにも隠し持つ感情を、ありふれた恋愛映画として一笑に付してしまうにはちょっともったいない気もするが、嘘から始まっていくそのちょっと滑稽な恋愛模様も、ビビットな色合いの映像を通して見ると、不思議に至って自然に映る。

 

結局、たゆたうその女心は、大人目線から見る少女達の理想の姿ではあるけど、すっかり主流となったテレビの段取り芝居や予定調和な台詞では、このセンシティブな感覚は、きっともう中々描けないだろう。

 

環境や感情で移ろう十代のデリケートな物語は、いくつになってもビタースイートな思い出を再び思い返させてくれるが、相米慎二の時代から、脈々と受け継がれる長回しの撮影技法を現代までしっかりと受け継いできてくれた岩井俊二の審美眼は、デリケートな日本人の心を暴く稀代の芸術作品として、必ず後世に語り継がれていくであろう事を、自分は勝手に妄想し続けている。

 

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