マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『恋の罪』の私的な感想―東電OL殺人事件に捧ぐ雨の鎮魂歌―

Guilty of Romance01

Guilty of Romance/2011(日本)/144分
監督:園 子温
出演:水野 美紀、
冨樫 真、神楽坂 恵、小林 竜樹、津田 寛治

 渋谷の魔力

やけに雨が印象に残る映画だ。

まるでこの映画のあまりの熱量を、丸ごと冷ますかのように・・

 

四半世紀近く経ってしまったが、この映画のベースとなった未解決事件は、ちょっと忘れられない。。

 

東電OL殺人事件が発生した当時、思春期だった自分はよく渋谷にいた。

いや、思春期を謳歌するというよりは、留学生活でため込んでいたストレスを唯一発散できる、無防備な子供の集まる張りぼてのロケセットだったのかもしれない。。

ファッションモールが立ち並び、すっかり小綺麗に整備され始めたあの街も、事件発生当時の97年は、今よりもっとわかりやすく人の情念が蠢いていた。

不夜城のネオン街は、そんな空騒ぎの自分達の心をいい塩梅に誤魔化してくれる。。

 

マルキューを背に道玄坂を少し上ると見えてくる百軒店のラブホテル街と言えば、まさにそんな若者の終着地点。

映画の冒頭から、無造作に画面に流れるテロップ同様、思春期のサルが快楽を貪る為に辿り着く桃源郷だ。

 

円山町に集まる好奇心と性欲丸出しの自分達に比べ、一見艶やかに見える女性達の背中には、どことなく影が差し込んでいたのを、今でも何となく覚えている。

思えば、それがあの街の持つむきだしの欲望と、行き場のない者を生暖かく迎え入れてくれるような魔力の一つだったのだろう。

 

そんなあの街の事件現場となったアパートに、自分達が興味本位で足を延ばした夜にも、劇中の女の魂を慰めるかのようなレクイエムの小雨が、ポツポツと降っていた。

 

 

 

 

あらすじ
ある大雨の日、ラブホテル街にぽつんと建っているアパートで女性の死体が発見される。
その事件を追う刑事の和子(水野美紀)は、幸せな家庭を持ちながらもずるずると愛人との関係を続けていた。
彼女は捜査を進めるうちに、大学のエリート助教授美津子(冨樫真)や、売れっ子小説家の妻いずみ(神楽坂恵)の秘密を知ることになる。
シネマトゥデイより引用

Guilty of Romance02

 二つの純情

この映画はそんな魔力に引き寄せられ、迷宮からの出口を見失った実在のOLの殺人事件を、警察の偏見と怠慢のおかげで闇に埋もれたその真相に、園子温監督が独自の女目線で切り込んだ作品でもある。

更にこの映画の英題からもわかる様に、犠牲者となった彼女の犯した罪が“愛”ではなく“恋”なトコロも、中々に演出がニクイ。

 

園子温作品には、常にわんぱくな少年心と達観した女心とが混在している。

そんな彼が『希望の国』で見せた一面は、まさに母性愛的な安らぎの象徴でもあるが、この映画ではそのベクトルを120%生身の女の性に傾けた。

撮影当時、業界を干されかけていた水野美紀を始め、後に監督の妻となった神楽坂恵等がそんな彼の視座に立って大胆な脱ぎっぷりを披露してくれているが、その中でもR指定お構いなしの強烈に淫猥な性描写でインパクトを与えてくるのは冨樫真

蜷川舞台で若干25歳にして主役の座を射止め、後に高崎映画祭で新人女優賞まで受賞した彼女の台詞は、女の魂の叫び声のように、いちいち胸に突き刺さってくる。

 

他の園子温作品に比べれば、残虐描写は少々控えめだが、直球の性表現がトコロかまわず出てくるので、浅い付き合いのカップルなんかで観るには、ちょっと刺激が強すぎる映画だろう。

そんな彼の独壇場のこの映画には、二つの純情が潜められている。

 

一つはカフカの長編小説『』の引用と、田村隆一の『帰途』。

 

前者は、未完のまま永遠に城に辿り着く事のない主人公に準えた、浮世の煩わしさと欲求の象徴を示し、後者はそこに絶望と希望とを両方見出した賢人が呟く衝動のようにも感じとれる。

《帰途》/田村隆一

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる 


20世紀最高の詩人と謳われた彼のこの詩は、どことなくランボーの『地獄の季節』にも似た憂鬱が漂うが、斜に構え、世の中を渡り歩いているふりをしていた当時の自分の胸には、妙にストンと落ちてきた。

 

実在した東電初の女性キャリア職員として嘱望されていた被害者の彼女は、警察の発表によると、仕事上のストレスから解放される為に夜な夜な客を引くたちんぼを繰り返していたとあるが、果たして本当にそうなのだろうか?

この映画を見ると、彼女は園子温の創作通り、意味を持たない言葉に支配され生身の感覚を求めていた女性のような気がどうしてもしてきてしまう。

劇中の冨樫真演じる国立大学の助教授にまで上り詰めた女は、そんな彼女の代弁者でもあり、肉親への愛情をうまく消化できずに絶望の淵を彷徨っているが、真相を究明出来ない真実の彼女の衝動に、厭世的ではあるが、それでもしっかりと寄り添っている。

 

タイトルからすると一見ラヴストーリー?、或いは『冷たい熱帯魚』にも代表される苛烈な園子温ワールドがエログロにギアを入れ替えた作品の様にも感じられるかもしれないが、私的にこの映画は、彼の作品群の中でも一際文学的な叙情詩だと感じている。

劇中に散りばめられたサスペンス要素たっぷりのギミックに惑わされず、唐突に女である衝動に駆られた人間の悲劇として主観で観てもらうと、自分の様に理論武装して生きている人間の根っこの弱さも、少しは垣間見えてくるかもしれない。

 

・・余談だが、この映画の舞台となった事件発生当時、殺害現場のアパートに張られた規制線の袂にはひっそりと献花が添えられていた。

同業者か、身体を交わした客からのせめてもの供え物だろうが、漠然と何者かに忌み嫌われたその花は、数日も持たずに誰かによって踏みにじられていた。。

 

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