マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『バーニング』の私的な感想―村上文学で「僕」が抱えていた事―(ネタバレあり)

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Burning/2018(韓国)/148分
監督:イ・チャンドン 原作:村上 春樹
主演:ユ・アイン/スティーブン・ユァン、チョン・ジョンソ

 韓国人の感情

エンドロールが流れだした瞬間、唸ってしまった作品はかなり久しぶりだ。

村上春樹の世界にどっぷりハマっていたあの頃を、懐かしく思い出す。。

 

低迷を続ける『ウォーキング・デッド』から、結果だいぶ上手く卒業していったグレンが、カンヌで是枝監督の『万引き家族』とパルムドールを競う程の韓国映画に出演している事を知ったのは、かれこれ4カ月前。。

cinefil.tokyo


ミシガン育ちのスティーブン・ユァンの韓国語を聴いてみたくて・・w

なんて少々冷やかし半分のつもりで観に行ったのだが、その原作とは違うラストの顛末には、言い知れぬ後味の悪さを感じ、思わず仰け反ってしまった。。。

ペパーミント・キャンディー』あたりのイ・チャンドン監督の激しさをすっかり忘れてしまっていた自分が馬鹿なのだが、その圧倒的な熱量は相変わらず凄まじい。

一見すると穏やかで不可思議な村上ワールドのテイストをそつなく映像化した作品の様にも写るが、正に彼の馬脚を露にしてきたその着眼点は、青春時代を徐に彼の作品に傾倒してきた自分から見ても、かなり納得させられてしまう。

今回の記事はネトウヨ系の方にはかなりの反感を買いそうだが、韓国と日本がつまらない駆け引きでもめている今だからこそ、ようやく発露させてきたその彼らの本物の感情に思いを駆け巡らせてみてはどうだろうか?

 

 

 

 

―――大学を卒業して当時物書きになる事を夢見ていた「僕」は、デパートの店頭でイベントバイトをしていたヘミと偶然再会した。
小学生の頃の思い出しかない彼女は、「僕」に“蜜柑剥きのパントマイム”を見せながら切なげに笑う。
やがて彼女は「生きる理由に飢える」“グレートハンガー”の踊りを観にケニアに向かう事を告げ、「僕」は何も言えないままその彼女の愛猫の世話をする事になる。
臆病で姿を見せてくれない猫と一緒に、「僕」はヘミの部屋で彼女のぬくもりの余韻に浸りながらその帰国を待った。
やがて帰国日当日「僕」が彼女を空港に迎えに行くと、ヘミの隣には上品で穏やかな美青年ベンが彼女に優しく微笑んでいた・・

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 村上作品の着地点

村上作品に精通している人ならば、この物語が安直なミステリーではない事には直ぐに察しがつくだろう。

しかし彼の本質を知らない人には、初見で見てもその難解なイディオムの数々に狐につままれた様な感覚に陥ってしまう。

原作の『納屋を焼く』という作品は、87年に新潮社から発刊された初期の村上作品の一つだが、長編小説のイメージの強い彼の作品群の中でも極めて短い詩集のような小説。

そこに内包されているのは、70年代の学生運動が下火となっていった中での若者の倦怠感、そしてバブル経済へと発展していく世相の狭間で生まれた戸惑いでもある。

それを傍観者のままであり続けようとしていた作者の臆病な目線が、大人への階段を上ろうとしていた当時の学生の琴線に触れ、絶大な支持を集める文豪に祀り上げられていったのは言うまでもない。

 

しかし立ち戻ってみると、その秋波に塗れた物語の着地点は何だったのだろうか?

 

それを強引に文学とは昇華させず、人の業をも絡めて解釈してみせたのがこの作品。

 

元々この小説の映画化を提案してきたのは、監督の教え子で共同脚本を手掛けるオ・ジョンミという女子大生らしいが、その等身大の立場からの瑞々しい感覚は、劇中のヘミを通じ無数に散りばめられている。

 

 

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 村上作品から練り上げられたイディオム(※以下、ネタバレあり)

村上作品のクリシェのような「僕」という表現で敢えてあらすじを書いてみたのだが、皆さんは何を感じるだろうか?

この少々憂いのある表現は、学生時代の不安定な自分たちの心と完全にリンクし、居心地のいい余韻を残してくれていたが、その反面、解釈の難しい著者のうやむやな表現技法は、未だに心の宙を舞っている。

それを文学ととるかスノッブととるか?

これによって彼の作品の印象はだいぶ変わってしまうが、イ・チャンドン監督はそこに真摯に目を向けた。

今回はそんな監督等が、こだわって独自に練り上げたイディオムを幾つか自分なりに解釈してみる。

①“リトルハンガー”と“グレートハンガー”の踊り
劇中のヘミが自分探しの旅に向かう先で観てきたというこの踊りは、ヘミの自己承認要求と妄想癖のメタファ。
彼女が夢見る“居心地のいい自分”でい続けたいという幻想は、結果、破滅的な厭世観へと向かう兆しでもあった。

②姿を見せない“ボイル”
主人公のジョンスがヘミの留守中に世話を頼まれるこの猫は、実は劇中に一度も登場していない
その実在自体が不明の“ボイル”と名付けられた猫は、ベンの家でジョンスが発見したかのように描かれているが、それはヘミの安否を気に掛けるジョンスの思い込みであり、ベンに嫉妬の炎を燃やすキッカケを作る為の暗喩。(boil=沸騰)

③水のない井戸
ヘミが幼少期に実際に落ちたとされるこの井戸も、劇中では最後までその存在が立証されない。
その存在を唯一認識するのはジョンスの元に戻ってくる母親の証言のみだが、“無言電話”をかけ続ける人物を母親だとすると、これも彼女が息子の興味を引き付ける為の忖度からくるものだろう。
つまり渇いた心の心象風景をそのまま暗喩したこのエピソードは、幼少期にジョンスから蔑まれていたヘミが、自分に同情を惹かせる為の虚言であると解釈できる。

oriakさんより、この“水のない井戸”は村上春樹の著書『ねじまき鳥クロニクル』に登場する現実と異次元とを結ぶ通路の暗喩的なオマージュでもある事をご指摘頂きました。(2019/2/3追記)

 

原作では村上春樹が自身の作品集に収録する際に、「フォクナー短編集」を「僕」が手に取るという個所を「週刊誌を三冊」と改編してきたのだが、劇中ではジョンスが彼の本を愛読書と上げていながらも、後にベンがその本を読んでいる描写から察してみても、つまりこれはジョンスが背伸びをしてみせていたという暗喩の一種でもあるのだろう。

また、この原作の改変時に、アメリカ人作家フィッツジェラルドの中編小説『グレート・ギャツビー』との類似性を指摘された事象がありながらも、ジョンスの台詞にそれを敢えて引用してきた辺りには、韓国人の心の奥底にある強い嫉みと憤りの感情が垣間見えてくる。

 

 

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 どうしようもない怒り

しかしだからと言って、この映画が日本文学批判なのかと言われればそうではない。

それは原作の村上春樹自身がこの作品の映画化を快諾した様に、正に韓国社会の底辺に蔓延する妬みや嫉みを当事者たちが見事に抉り取ってみせたからだろう。

劇中の舞台の街坡州市は、ソウルから車で1時間程で向かえる伝統的な農村地のようだが、その実情は北朝鮮との軍事境界線(38度線)を隔てる最前線でもあり、終日対南放送が聴こえ続ける非武装地帯。

そして都市部への流出による過疎化が進んだ現在では、劇中のジョンスやヘミ同様、若者達はその居場所も心の拠り所も失いつつある。

 

そんな折に、涼しい顔で知識と教養、更にはユーモアまで兼ねそろえ、ちょっと歪んだ性癖を持つスティーブン・ユァンが、少々奇妙な訛りのある韓国語でポルシェに乗って颯爽と現れたとしたら・・・

 

ミステリーを匂わすキャッチフレーズで、この映画をサスペンスの様に捉えてしまっている方がいるとすれば、それは大きくミスリードしてしまっている。

行方を眩ませてしまったヘミの消息はそれぞれが想像を膨らませてもらいたいが、『納屋を焼く』を監督が敢えて原案としてきたその意思にもある様に、この映画の根幹

にあるのは、傲り高ぶった者に対して湧き上がってくる制御できない怒り

それでも他人に頭を下げられず、社会に迎合できないまま抗っているジョンスの父親の様子を見ていると、どうしても他人事の様には思えなくなってきてしまうのだが・・

 

・・村上春樹作品をこよなく愛してきた自分が思うには、、

彼の小説の登場人物達には、趣きのある憂いが常にある。

しかし、それは空想世界で最期に開き直ってみせるからこその憂いであり、厳しい現実に直面している側の人間からしてみれば、正しく世迷い言の様に感じるだろう。

 

この盲点を突き、ビニールハウスに置きかえられた“納屋を焼く”先に見えてくるのは、激しい嫉妬の炎

 

ノーライトで影に塗りつぶされた人物とスカイラインの狭間で揺らぐその炎は、或いは、人間の煩悩をそのまま表しているのかもしれない・・・

 

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