腑抜けども、悲しみの愛を見せろ/2007(日本)/112分
監督・脚本:吉田 大八 原作:本谷 有希子
出演:佐藤 江梨子、佐津川 愛美、永瀬 正敏、永作 博美
ヤンデルヒトたちへ向けた青春ブラックコメディー
『羊の木』で難解なブラックユーモアを世に問いてきた吉田大八監督のデビュー作。
初の長編デビュー作でもあったこの作品は、サトエリ自体にちょっと抵抗感のある自分にとっては劇場まで足を運ぶ勇気はありませんでしたが、このストレートなパッケージと主題歌を歌うチャットモンチーの耳障りのいい声がやけに強く残り、DVD化された後になんとなく借りてみました。
初めての感想は、
正直、びっくりしました。
テーマがよくわからず、登場人物が皆痛々しくて、なのに最後には物凄い爽快感に包まれるというか・・
多分、現場の空気感を捉えるのがうまい監督なんだと思います。
悲劇的な出来事もさりげなく伝え、そしてその俳優たちの間に漂う空気感を誇張せずストレートに捉え紡いでいく作風。
『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』であっという間に有名監督の仲間入りを果たしていった吉田監督ですが、その原点とも言うべき妙味がこの作品には全て詰まっています。
ジャンルで言うとこの作品はコメディ映画に分類されているようですが、純粋に笑いたい方にはちょっとシニカル過ぎてオススメ出来ません。
吉田監督作品の特徴は、倒錯した痛々しい人々が淡々と生きていく様を描く事なので、百歩譲ってブラックコメディ―、私的にはヤンデル大人たちの青春ドラマのように感じてしまいます。
―――女優になる為東京に出ていた自意識過剰の勘違い女スミカは、両親が不慮の事故で死んだ事で田舎へと帰ってくる。
実家では根暗なオタク漫画少女の妹キヨミと、血の繋がっていない義理の兄シンジとその嫁マチコが静かに暮らしていた。
突然のスミカの帰郷に戸惑いを隠しきれないキヨミとシンジ。
マチコはそんな二人の違和感に疑問を感じつつも、4人は奇妙な同居生活を始める。
そしてその違和感は少しずつ膨らんでゆき、スミカをモチーフにしたグロ漫画を描いてしまう衝動が抑えきれなくなってゆくキヨミはやがて・・
等身大のキャラクターの描き方
この作品に出てくる登場人物は皆どこか心に闇を抱えています。
スポイルされ自己愛の中で育ってしまった天然娘スミカ。
コミュ障な頑固一徹亭主関白男、シンジ。
寂しがり屋の依存癖、純真無垢な三十路妻、マチコ。
自閉症ぎみのグロ好き性悪少女、キヨミ。
普通ならこんな個性的過ぎるキャラクターは少々オーバーに描いてしまいそうですが、それを派手に演出せず、ちょっと身近でナチュラルな存在として描写してしまうのが吉田監督作品の面白いトコロ。
独特な演技で知られる名俳優、シンジ演じる永瀬正敏、マチコ演じる永作博美は言うに及ばず、当時デビューしたてのはずのキヨミ演じる佐津川愛美の鳥肌が立つほどのリアルな不気味さがスゴイ。。
姉からの虐待に耐えしのぶ一見ピュアでかわいそうな少女の、内に秘めた深い闇とその狡猾さが滲み出るシーンには、観ている側は度肝を抜かれます。
そして誰よりも際立っていたのがスミカ演じる佐藤江梨子。
『キューティーハニー』の影響なんでしょうか?
どうしても機械的で直立不動な彼女の演技が歯痒くて・・
しかしこの作品では彼女の演技は秀逸。。
彼女のそんな等身大の魅力は劇中のスミカのキャラクターと絶妙にリンクし、痛々しくも妖艶で、パワフルかつナイーヴに描かれていて、それまでの彼女のイメージを大きく覆すほどとても魅力的。
吉田監督は本当にその俳優の個性を尊重する監督なんだなと思います。
キャスティングはさぞや大変でしょうが、彼に見いだされた俳優陣は、皆自分の知らない自分の魅力に気付かされていることでしょう。
開き直るコトの強さ
全員が共依存の世界に縛られ、もがけばもがくほどドツボにハマってゆくその滑稽さを描いたこの作品。
アイロニカルと一言で表現してしまうには悲劇的すぎる出来事が彼らの回りでは起こっていきますが、それを日常の風景と同化させてしまうのがこの作品の妙味。
多分初めて吉田監督の作品を観られる方は、きっとこの映画の途中でココロが苦しくなります。
しかしそれでも最後にはそんな全てを包み込み、開き直って受け入れていく人間の本来のたくましさのようなものが描かれているこの映画は、私的にはやっぱり、吉田監督作品の中でもピカ一の力作です。
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