マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の私的な感想―暗躍するアメリカ国家の陰謀―

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The Post/2017(アメリカ)/116分
監督: スティーブン・スピルバーグ
出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク

 理解不能の邦題、メリル・ストリープの秀抜さ

スピルバーグwithトム・ハンクスってもう何度目でしたっけ?

『プライベート・ライアン』は面白かったんですけど、それ以外はどうもあまりピンときません。

脚本は『スポットライト 世紀のスクープ』のジョシュ・シンガーらしいのである程度社会派な気はしてましたが、この作品の致命的な欠点はまずこの邦題にあります。

キャッチーなネーミングにしないと日本人の興趣を削いでしまうその意図は分かりますが、それにしてもこの映画の醍醐味である一新聞社がホワイトハウスに戦いを挑むという壮絶な国家に対するアンチテーゼをこの邦題が台無しにしてしまっている様に感じます。
 


『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』予告編


『ペンタゴン・ペーパーズ』
というタイトルで日本人が連想するのは何でしょうか?

 

国の機密文書の謎解き、それに付随する社会派ドラマ、知識が無い人には小難しいサスペンス劇等を連想させてしまっていないでしょうか?


実際、自分が映画館に行った時も周りは40代以上の社会人しかおらず、若者やカップル等の姿は皆無でした。

映画の内容も前半は分かり難い政治用語の応酬で、アメリカ近代史に疎い若者には足が向かない映画なのは否めませんが、長期政権となり誠実さが失われ始めた日本の安倍政権や極右的思想で公然とジャーナリズムを批判し始めたアメリカのトランプ政権が発足している今だからこそ、その政財界の闇に紛れた本当の醜態ぶりを広く国民が知る必要があるのではないでしょうか?

そういった意味においてこの映画は、欺瞞に満ちた国家権力とそれに立ち向かう一般の人々を描いた紛れもない人間ドラマであり、機密文書の謎解きをなぞるような政治サスペンス的要素は全くありません。

メリル・ストリープの秀逸な演技を通じ、弱者が強者に対抗する上での苦難、馴れ合いの中から真実を追求する勇気は万人が感情移入出来るテーマのはずなので、あまり小難しく考えずフラットな意識で多くの若者に見てもらいたい映画です。

  

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―――泥沼化していたベトナム戦争により、アメリカで反戦活動の機運が高まっていた70年代前半。
国防次官補の補佐官に任命されていたダニエル・エルズバーグは戦争に従軍していた軍事アナリストだったが、ニクソン政権下の合衆国国防長官ロバート・マクナマラは彼の見解を暗に伏せ、事実上の南ベトナムへのアメリカ軍の本格派兵を拡大させる。
政府の公式見解に疑問を持つようになったエルズバーグは、自らも執筆に加わったベトナム政策決定過程に関する国防総省秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」「ニューヨーク・タイムズ」に持ち込んで国の隠蔽体質を暴露しようとするが・・

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 ペンタゴン・ペーパーズとは?

この映画を観賞するに当たっての一番の問題は、作品の根底である「ペンタゴン・ペーパーズ」の存在そのものを知らないと理解できない映画になってしまっている点です。

劇中前半は、当時の現状を忠実に再現する為に拘り抜かれた会話やロケセットが多く散見しますが、私的にはこの文書の存在を熟知している事が大前提な映画作りそのものに少々疑問を感じます。

なので、まずはその予備知識を。 

ペンタゴン・ペーパーズの正式名称は "History of U.S. Decision-Making Process on Viet Nam Policy, 1945-1968" 「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」である。ベトナム戦争からの撤退を公約して大統領に選出されたリチャード・ニクソン政権下の1971年に作成されたこの報告書は、47巻構成(資料を含め約100万語)で、フランクリン・ルーズベルト大統領時代つまりフランス植民地時代にはじまり、フランスの撤退以降にベトナム戦争を拡大させたジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの両大統領政権下のアメリカ合衆国のインドシナへの政策と「トンキン湾事件」などの当時の政府による秘密工作を網羅している。
~中略~
報告書は「アメリカは不十分な手段(インドシナ半島への兵力の逐次投入)を用いて、過大な目的(共産主義のインドシナ半島全体への拡散の防止)を追求した」と結論づけており、東側諸国や発展途上国がいうところの「アメリカの帝国主義的野心」は、少なくとも官僚レベルでは存在せず、純粋に東南アジアにおける共産主義のドミノ理論への恐怖を防ごうとした様に読みとれる。アメリカ政府は終始北ベトナム政府の共産主義的性格にのみに心を奪われ、長年フランスの植民地支配にあえいだベトナム人が持つ民族自決主義的および反植民地主義的性格を無視している様である。

wikipediaより抜粋


やっぱり、なんか小難しいですね。。

単純に言えば、お馴染みの米露対立構造の中でのアメリカの無理な軍事政策を記した暴露本みたいなモノです。

しかしここで最も罪深いのは、軍民合わせて120万~170万人のベトナム人犠牲者を出すことになるアメリカ史上最も長期介入してしまったこの戦争から、政府の思惑により撤退出来たのにしなかった点です。

アメリカ国内でも帰還兵の代名詞にもなったこの悲惨な戦争体験によるPTSD患者は現在も数多く存在し、ロバート・デ・ニーロの代表作である『タクシードライバー』やトム・クルーズが初めてアカデミー賞にノミネートされた『7月4日に生まれて』等でもその果てしない苦悩は痛切に描かれています。

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 男性社会の中で自立していく女性たち

キャッチーなタイトルとセンセーショナルな題材から、どうしても機密文書の行方を目で追ってしまうこの映画ですが、作中の70年代当時、圧倒的な男性社会の中で徐々に自立していくメリル・ストリープ演じるキャサリン・グラハムの成長ぶりももう一つの大きな見所です。

夫フィリップの謎の自殺により、その後を引き継いだ彼女は当時のアメリカの全国紙の中では唯一の女性発行人でした。

63年当時、彼女は企業経営においては殆ど素人同然でしたが、ワシントン・ポスト社の経営を安定させる為に会社の株式を上場させます。

その後政界を転覆させる可能性を秘めたこの機密文書の掲載にあたって、親しい間柄だった国防長官からの圧力はもちろんの事、会社内部の取締役会や顧問弁護士からも厳しく批判されますが、それでも父や夫が守り続けた同社の企業理念「Democracy Dies in Darkness(暗闇の中では民主主義は死んでしまう)」を貫き続けた正に信念の女です。

そのキャサリンを演じるメリル・ストリープは彼女の英断の最中での心情を凄まじく繊細に表現しており、緊張から人前で演説をする際に泳ぐその目線の動きから、判断を下す時の受話器を握る指先に至る迄、まるで当時のキャサリンの揺れ動く心境が乗り移ったかの様。

大人しい良妻から真のマスメディア精神を受け継いでいくその変貌ぶりは、史上最多の8度のゴールデングローブ賞を受賞した女王の名演を通じて、当時地方紙であったポスト社が如何にして世界的に影響力を与える「高級紙」として認知されていったのかという歴史を追想させられました。

 

そして地味にもう一人印象的だったのは、

 

トム・ハンクス演じるベン・ブラッドリーの妻、サラ・ポールソン演じるトニーの存在。

絵に描いたようなステレオタイプの当時のイケイケ編集主幹を陰で支えるトニーの発言が、キャサリンに突き付けられた問題が単なる政治腐敗を暴くだけに留まらない大きな責任を担う重大な判断であることに気付かされるベン。

リベラルで奔放に振舞う男の影には、現実を客観的に直視出来る優秀な女が何時の時代にも普遍的に存在する事をまざまざと見せつけられてしまいました。

 

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 ウォーターゲート事件へと続くエピソード0

この映画のもう一つの大きな特徴は、作品そのものがホワイトハウスの実態を描いたエピソード0である点でもあります。

作中完結するかに見えた「ペンタゴン・ペーパーズ」による国家的陰謀は、実はアメリカの近代史においての闇の序章にしか過ぎず、ラスト3分で描かれている描写はその後の大統領の根幹を揺るがす世界的事件「ウォーターゲート事件」へと繋がってていきます。

トム・ハンクスが演じたベン・ブラッドリーは、76年にダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが共演した『大統領の陰謀』にも再び登場し、こちらの作品で演じたジェイソン・ロバーズは第49回アカデミー賞で最優秀助演男優賞を受賞。

更に2017年に公開されたリーアム・ニーソン主演の『ザ・シークレットマン』では、『大統領の陰謀』の後のFBIによる内部告発劇が描かれていてこの事実は2005年になってようやく公表された後、政財界に大きな影響を与える事件となりました。

 

つまりは、、

 

この半世紀近く前の「ペンタゴン・ペーパーズ」から始まった国家の隠蔽工作は、2018年現在でも未だに根強く続いているという事。。

 

昨今日本でも取りざたされている森友問題の癒着や不埒な官僚と報道機関との関係性を見ても分かる通り、政治とマスメディアは何時の世も繋がっています。

そんな時代を生きる自分達に出来る事は、この作品においてのキャサリンが新聞という武器で国家に対抗した様に、目先の損益や需要、圧力等に捕らわれず、信念を貫き発信、表現し続ける事だけなような気がします。

『ペンタゴン・ペーパーズ』
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